〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-W』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻一) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/11/26 (木) 

空 蝉 (四)

女たちは碁を打ち終えたのでしょう。急に内にざわめく気配がして、人々が立ち去って行く様子です。
「若君はどこにいらっしゃるのかいsら。この格子こうし はもう閉めてしまいましょう」
と声がして、戸をがたびし閉める音がします。 源氏の君は、
「寝静まったようだな、さ、入って、何とかうまく手引きしておくれ」
とおせかしになります。小君は姉が手のつけられないほど生真面目で、もの堅いのを知っていますので、話をつける手だてなどはなく、姉のまわりに人がいなくなったら、源氏の君をこっそりお入れしようと思っているのでした。
「紀伊の守の妹もこちらにいるのかね、その女もわたしに覗き見させておくれ」
とおっしゃいますが、
「とてもそんなことは、格子の内側に、また几帳が添えて立ててありますもの」
と小君は申し上げます。たしかにその通りだろう。ところが、こちらはもうちっくに見てしまっているのだからと、源氏の君は内心おかしくてなりませんけれど、小君にはそては云うまい。可哀そうだからとお思いになって、
「早く夜が更けないものか、待ち遠しいね」
とばかりおっしゃいます。
今度は、小君は妻戸をわざと叩いて開けさせて内へ入りました。人々はみんなもう寝静まっています。
「この襖口ふすまぐち にぼくは寝よう。涼しい風よ、ここを吹いて通れ」
と言いながら、自分で薄縁うすべり をしいて横になりました。
女房たちは、東のひさし に大勢寝ているようです。小君のために戸を開けてくれた女童めわらわ もそっちへ行って寝たので、小君はしばらく空寝をした後、灯の明るい方へ屏風をひろげて立てまわし、薄暗くしたその中にそっと源氏の君をお引き入れしたのでした。
「どうなることか、今にみっともない恥をかくような目にあうのではないだろうか」
と、源氏の君は不安になってひどく気おくれなさいますが、小君の導くままに、母屋の几帳の帷子かたびら を引き上げて、そうっと、ずいぶん注意深くお入りになろうとなさいます。
あたりがしんと寝静まっていますので、源氏の君の柔らかなお召物が、かえってありありときぬ ずれの音をたてるのが聞きつけられるのでした。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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