たまたまその頃、紀伊
の守かみ が任国へ出かけて行きました。留守宅には女たちばかりがのんびりくつろいでいるのを見つけた小君は、ある日、自分の車に源氏の君をお乗せして、道もおぼつかない夕闇にまぎれて、御案内したのでした。 この子もまだ幼いから、こんな取りもちが果たして上手く出来るのだっろうかと、源氏の君は頼りなくお思いになります。かといって、そう悠長にも構えていらっしゃれないお気持なので、さりげないお忍びの狩衣かりぎぬ
姿で、門など閉められないうちにと、急いでお出かけになりました。 小君は人目のない門から車を引き入れて、源氏の君をお下ろしします。まだ子供なので、宿直とのい
の者なども格別気にも止めず、近寄ってきて愛想など言わないのが、かえって好都合でした。 寝殿の東側の妻戸の所に、源氏の君をお立たせしてしておいて、小君は南側の隅すみ
の間ま から格子こうし
をわざと音高く叩き、大きな声で呼びかけながら廂ひさし
の間ま に入って行きました。 「あとを閉めないと、中がまる見えですよ」 と女房たちの声が聞こえます。 「どうして、こんなに暑いのに、格子なんか下ろしておくの」 と小君が聞きますと、 「昼から、西の対たい
の紀伊の守さまの妹君がお越しになって、碁ご
を打っていらっしゃるのです」 と言います。 源氏の君は、それなら向かい合って碁を打っている女たちの姿を、見たいものだとお思いになり、そっと歩き出して、簾すだれ
の隙間に忍び込まれました。 さっき小君が入ったまま、格子はまだ開け放してありますので、そこから部屋の内を覗き見出来ます。近づいて部屋の西の方を見通されますと、格子のすぐそばに立てた屏風びょうぶ
も、端の方が折り畳まれているし、目隠しの几帳きちょう
も、暑いせいか、帷子かたびら
を横木にうち上げてありますので、部屋の中が奥まですっかり見えるのでした。 灯が二人の女の近くに燈されています。母屋もや
の中ほどの柱に寄り添って、横向きに坐っているのが、自分の思いを懸けた女ではないのかと、まずお目を凝らされます。 下には濃い紫の綾の単襲ひとえがさね
らしいのを着て、その上に、何かもう一枚、よくわからないけれど重ね着をしているようです。 頭の形の細っそりとして小さな、体つきも華奢で小柄な人が、大して見栄えのしない様子で坐っています。 顔などを、差し向かいの人にもなるたけ見られないようにしていて、碁を打つ手も痩せているのを、袖口で手の先まで掩おお
い、たしなみ深くかくすようにしています。 もう一人は東向きに坐っているので、何から何まで眺められます。白い羅うすもの
の単襲ひとえがさね に、赤味のさした二藍色ふたあいいろの小袿こうちき
らしいのをしどけなく着て、紅くれない
の袴はかま の腰紐を結んだあたりまで、胸をあらわにはだけて、見るからにぞんざいな様子をしています。
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