「わたしはあなたのいう女の身分がどうのこうのということさえまだよく知らないほど初心
で、こんなことははじめての経験なのですよ。それをまるでありふれた浮気者扱いなさるのは、あんまりだと思います。今まであなたも自然に噂にお聞きになっているでしょう。わたしはこれまで、ついぞ一度も無茶な浮気沙汰などおこしたことはないのです。それなのにどうして前世の因縁なのか、ほんとうにあなたとは、こんなことになってしまってどう非難され嫌われても仕方のないほど、狂おしく迷いこんでしまった。自分でも不思議でならない」 など、真剣に、さまざまに言い訳なさるのですが、女は、源氏の君の世にたぐいないお美しいお姿を拝するにつけ、身も心も許してお心に添うことがますますみじめに思われてたまらないので、可愛げのない女だとお思いになろうとも、そうした色恋の道にはさっぱり通じない、野暮な女のふりをしようと決心し、ひたすらすげない態度で押し通したのでした。 もともとやさしい人柄なのに、無理に強気らしく構えていますので、なよ竹がしなやかでいながら、なかなか折れないように、源氏の君には思いの外にたやすくは手折たお
れそうもないのでした。 女は心の底からせつなく、情けなくて、源氏の君のあまりにもひどい無理無体ななさり方を、恨んでむせび泣いている様子など、たいそう哀れに見えます。不憫ではあるけれど、もし、思いを遂げずに終っていたら、悔いを残しただろうとお思いになるのでした。女が慰めようもないほどいつまでもふさぎ込んで悲しがっておりますので、 「どうしてそんなに、わたしを憎んでお嫌いになるのですか。ゆくりなくもこういうことになったのを、かえって前世からの深い因縁があったからなのだとは思えませんか。まるで男も知らない無垢な娘のように、空とぼけていらっしゃるのは、あんまりです。わたしもほんとうにつらい」 と、お恨みになりますと、女は、
「まだこんなふうに受領の妻という身の上に定まっていない、昔の娘のままの身で、こうした熱いお心をお受けしましたのなら、たとえ身の程知らずのうぬぼれでも、はじめはともかくいつか先々では、心から愛していただける日もあろうかと、心の慰めともいたしましょうけれど、こんなかりそめの浮き寝めいた一夜のはかない情事だと思いますと、これ以上の悲しみはありません。ああ、いまさらどうしようもないのです。こうなった上は、せめて、わたしとのことを決して人にお洩らしにならないで下さい。お情けでございます」 と言って、思い悩んでいる様子も、ほんに無理もないことでございます。 源氏の君はさぞかし心をこめてあれこれ慰め、なみなみならず行く末のお約束も、固くおとりかわしになられたことでしょう。
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