ようやく、今日は雨もやみ、天気も持ち直しました。こう宮中にばかり閉じこもっていては、左大臣がさぞ心配していられるだろうとお気の毒なので、源氏の君は今日は左大臣邸へご退出になりました。 そちらではお邸の有り様も、女君のお人柄も、すっきりと上品で、すべてがきちんと整って乱れたところなどありません。やはりこの方こそは、昨夜左馬の頭たちが女の品定めをした中で、捨てがたい女の例として選び出した、誠実で信頼のおける人に当るのだろう、とお思いになります。 それでも、女君のあまりにも端然とした御様子が、うち解けにくく、気がひけるくらい取り澄ましていらっしゃるのが、もの足りないのでした。 自然、中納言の君や中務なかつかさ
などといった、とりわけ美しい若い女房たちを相手に、色っぽい冗談などをおっしゃったりなさるのです。 暑さにのため、お召物もしどけなく着くずしていらっしゃるお姿を、女房たちは、なんとまあお美しいと、惚れ惚れ見とれているのでした。 左大臣もこちらへいらっしゃって、源氏の君がすっかりくつろいでいらっしゃるのを御覧になり、御几帳みきちょう
を隔ててお坐りになりお話なさいます。源氏の君は、 「この暑いのに、やれやれ」 と、迷惑そうなお顔をなさるので、女房たちはくすくす笑います。 「しいっ、静かに」 と女房たちを制しながら、御自身は脇息にゆったりとよろかかって、いかにもお気楽そうな御様子です。 暗くなる頃に、女房が、 「今夜は、こちらは内裏から見ると陰陽道おんみょうどう
の中神なかがみ がおられる悪い方角に当っております。お泊りになるのには方角が悪うございました」 とい報せに来ました。 「たしかにそうでしたわ、いつもならお避けになる方角でしたわ」 と女房が言います。源氏の君は、 「それじゃ二条の院だって同じ方向に当っているからだめだし、さて、どこへ方違かたたが
えしたものか、疲れて気分も悪いのに」 とおしゃって、そのままお寝やす
みになってしまわれます。 「方違えなさらないなんて、とんでもございませんわ」 と、女房たちが口々に申しあげます。 「親しくお出入しているあの紀伊きい
の守かみ が、中川のあたりの家に、この頃庭へ川水などを堰せ
き入れて、涼しそうにしております」 と誰かが申しあげますと、 「そてはいい話だね、気分がすぐれないから、牛車ぎっしゃ
ごと引き入れられる気楽なところがいい」 とおっしゃいます。こっそりお忍びでお通いになる女のところに、方違えにふさわしい場所はいくらもおありでしょうけれど、久々に左大臣邸へお越しになられたのに、ことさら方角の悪い日を選ばれて、それを口実に、すぐまたほかの女の所へいらっしゃるのだろうなど、左大臣がお取りになってはと、気がねをなさっていらっしゃるのでしょう。
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