頭の中将が藤式部の丞に向かって、 「式部のところは、何かきっと面白い話しがあるだろう。少しずつでもお話しなさい」 と、責めます。 「下々の私のところなどに、どうしてどうしてお聞かせするようなことがございましょう」 と言うにに、頭の中将はむきになって早く早と責めるので、式部の丞は、何をお話ししてものかと思いめぐらせていましたが、 「まだ私が大学の文章
に生しょう だった時のことでございます。賢女とはこういうものかという実例を見たことがございます。 あの左馬の頭がおっしゃいましたように、その女は公の勤め上のことでも何でも相談でき、私的な世渡りの処世術なども深く心得ておりました。 学才の方も、なまかなの博士などは恥をかくくらいで、何につけても、誰にも口を開かせないほど博学なのでした。それも実は、私がある博士のもとへ学問を教えてもらいに通っていました頃、その博士に娘たちが大勢いると聞きまして、私がその中の一人にちょっとした機会を捕らえて言い寄ったのでございます。 それを父親の博士に聞きつけられてしまい、固めの盃を持ち出され
<我が二つの途みち 歌ふを聞け>
などと、白氏文集はくしもんじゅう
のむつかしい文句などをひき、貧乏の博士の娘こそ嫁にはよいなどとほのめかされたのです。 それでもこちらはそれほど深入りもせず、ただ親の心を察しますと、さすがにその女をむげにも扱われずにおりました。 そのうち女が私に惚れこんできて、熱心に世話をするようになり、夫婦の寝物語にも、私の学問について論じたり、官吏としての堅苦しい心得などを教えこんでくれます。手紙なども仮名を交えず漢字ばかりでたいそうさっぱりと書きます。もっともらしく理路整然と書いた手紙をよこしますので、つい、女と別れにくくなり、通いつづけました。 そのうちその女を師匠にしまして、ちょっとした下手な漢詩や漢文を作ることも習いましたので、今でもその恩は忘れてはおりませんが、そうかといって、打ち解けた妻として頼りにするには、私のような無学な男は、どうせいつかは不様なことをしでかすだろうと、いつも気がひけてなりませんでした。まして御立派なあなた方には、そんなしたたか者のやり手で、世話好きな妻なんか何の必要がございましょう。こんな仲は情けない、残念だと思いながらも、ただ何となく女が気に入り、これも前世の因縁かも知れないなどと、ずるずるつづいて、別れられないということもありますから、男なんて、全く埒らち
のないものでございますよ」 と言いますと、その後を言わせようとして、頭の中将が、 「さてさて面白い女がいたものだな」 と、おだてます。その頭の中将の魂胆は分かりきっていながら、式部の丞はやはり鼻のあたりをうごめかして調子づいて話しをつづけます。 |