〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-W』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻一) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/11/18 (水) 

帚 木 (四)

左馬の頭は、
「いくら成り上がって出世しても、元々上流の家柄の出でない者は、何といっても世間の思わくだって、やはり違います。また本来は高貴の家柄であっても、世渡りの手づるが少なくなり時勢の流されて零落れいらく し、昔の声望も衰えてしまうと、いくら心は昔のままに貴族的でも、生活はそれとうらはらに不如意ふにょい で、いろいろ体裁の悪いことも出てきますので、成り上がり者も。落ちぶれ者も、判定すれば、どっちも中流ということになりますか。地方の政治だけに関係している受領ずりょう など、中流の階級とはっきり決まっている連中の中にも、またいくつもの階級がありましてね、そんなあたりからちょっといい女を掘り出すのに、今の御時世は便利ですよ。まなじっかな上達部よりも、非参議ひさんぎ の四位あたりの人で、世間の声望もまんざらでなく、もともとの素姓も悪くないのが、安楽にゆったりと暮しているのは、いかにもさっぱりしていいものです。家の中の暮らしに何一つ不足のないのにまかせて、思い切り金をかけて、まばゆいほどに飾りたて、大切にされている娘などが、馬鹿に出来ないほど見事に成人しているのなんか少なくはないでしょう。宮仕えをして、帝のお情けを受けたりして、思いもかけぬ幸運を引き当てるといった例も、そういう中流の女に多いようです」
などと言うので、
「すると結局、万事財力次第ということになるわけだね」
と、源氏の君が笑ってからかわれるのを、
「あなたらしくもない、何とつまらないことをおっしゃる」
と、頭の中将は口惜くや しがります。左馬の頭は、
「もともとの家柄と、今の世間の声望がふたつとも揃った高貴な家に生まれながら、家庭のしつけ が悪く、態度や様子が劣っているような女は論外でして、いったいこれまでどんなふうに育ったのかと、情けない気持がすることでしょう。また、家柄と声望がふたつながら揃っている家の娘が、立派に育っているとしましても、それは当然で珍しいことでもなく、人は今更驚きもしないでしょう。わたくしなどにはどうせわかりませんので、最高の上流のあたりのことは、はぶいておきます。
さてそこで、そんなところに人が住んでいようとも思われない、寂しい荒れはてた草深い家に、思いもよらぬ可憐な女がひっそりと閉じ籠っているのなどこそ、非常に珍しいことではないでしょうか。どうしてまあ、こんなところに女がと、あまりにも意外なので、妖しく心が捕えられてしまいます。また年老いた父親が醜く肥りすぎ、兄もまた憎々しい顔つきで、これでは娘も大したこともなさそうだと想像される家の奥に、これはまた、たいそうに気位の高い女がいて、ちょっとした芸事にも、さも深いたしなみがありそうに見えるのなどは、その芸がほんのわずかな才能であったとしても、その意外性から、思いのほかに興味をそそられることでしょう。何もかも備わっている欠点のない女を選ぶというなら、外れましょうが、これはこれとして、なかなか捨てたものでもありません」
と言って、藤式部の丞の方に目をやります。式部の丞は、自分の妹たちが、この頃世間で評判がいいので、あんなふうにあてこすりを言うのだろうと思ったのか、ものも言いません。
源氏の君は、さてさて上流の中にだって、すばらしい女なんてめったにいないものを、とでもお考えなのでしょうか。白いやわらかなお召し物に、直衣だけを無造作に引きかけ、襟もとの紐なども結ばないまま、くつろいで脇息きょうそく に寄り掛かったお姿の、灯影ほかげ に浮かんでいらっしゃるのが、それはもう限りもないお美しさです。女の身になって拝見したらいっそううっとりとするだろうと思われます。このお方のためになら、極上の階級の中から、最高の貴女をよりすぐっても、とてもふさわしいとはいえないでしょう。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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