〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-W』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻一) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/11/18 (水) 

帚 木 (三)

「女の、これこそは非のうちどころのないという、理想的なものなんかは、めったにないと、この頃ようやくわかってきました。うわべだけの情を見せ、手紙をすらすらと達筆に書いたり、その折々の応答などは、気の利いたふうに如才なく出来るものは、それなりにかなりたくさんいると思いますが、それも本格的に、そうした才能の一つを取り出して選び出すとなると、必ずしも及第するというのは、めったにないものです。自分の得意なことばかりを、それぞれ勝手に自慢して天狗になり、人を軽蔑するような、はた目に気恥ずかしいものが多いのですよ。親がついて、ちやほやと甘やかし育てている、将来のある箱入り娘の間は、ほんのわずかな才芸の噂だけを聞き伝えて、男が、心惹かれることもあるでしょう。器量がよくて、気立てもおとりとした若い女が、ほかに気を散らす暇もない年頃には、ちょっとした芸事なども、人が稽古するのを真似て、自分も身を入れるようなこともあるので、自然に一芸ぐらいはなんとかものにすることもあるものです。ところが、女に仕えている女房などは、その女の不得手な面は隠し、どうにか得手な方面だけを、とりつくろって吹聴しますので、本人に会わないうちは、まさかそれほどでもないだろうなど、あて推量なけちをつけるわけにもいきません。そこでほんとうかなと思って女と会っていくうちに、あらが出て失望しないということは、まずないでしょうね」
と、頭の中将が慨嘆する様子は、こちらが顔負けするくらい、その道では経験豊富のようでした。
頭の中将の話には、すべてがそうだとうなずくわけではないものの、源氏の君にも思い当たられることがおありなのでしょう。ほほ笑みながら、
「でも、そんなふうに何の取り柄もない女なんて、いるだろうか」
とおっしゃいますと、
「まさか、それほどひどい女のところへは、誰がだまされても寄りつきますか。何の取り柄もないひどい女と、これがいい女だと感心するようなすばらしい女とは、おなじくらいまれにしかいないのではないでしょうか。身分の高い家に生まれた女なら、まわりから大切にかしずかれて、人目から隠されることも多く、自然に女の様子も、この上なくよく見えるでしょう。中流階級の女になると、その性質や、それぞれの個性的な考え方の傾向も見えて、様々な面で優劣の区別がはっきりつけ易くなるでしょう。更にその下の階級の女となると、噂も耳に入らないので興味もありませんな」
頭の中将が、女についてはさも知り尽くしているという顔つきなのにも、源氏の君は好奇心をそそられて、
「その中流、下流とかの階級というのは、どういうことなのだろう。何を基準にして上中下の三つの階級に分けるのですか。もともと高貴の家に生まれながら、零落れいらく して位は低くなり、人並みの扱いを受けていないのと、また普通の身分の者が出世して、上達部かんだちめにまでなって、得意そうに、家の中を飾り立て人に負けまいと思っているのと、ふたつの間に、どこに等級の差をつけたらよいのだろう」
とお訊きになっていらっしゃるところへ、左馬さまかみ藤式部とうしきぶじょう とが、御物忌おんものいみに御一緒に籠ろうとしてやってまいりました。ふたりとも粋人として通っている上、弁舌も達者な男たちなので、頭の中将は喜んで迎え、女の品定めについて議論をたたかわせます。その中には、ずいぶん聞き苦しい話しも多かったようでした。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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