〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-W』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻一) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/11/18 (水) 

桐 壺 (十六)  

源氏の君が控えの間に退出されて、参列者の間では御酒宴が始まりました。源氏の君は臣籍に下りましたので、親王たちの末席に着座なさいます。その隣には左大臣が控えていて、それとなく今夜の姫君との婚礼のことを匂わせて、耳うちされましたが、まだ何につけきまりの悪いお年頃なので、お返事のしようもなく当惑していらっしゃいます。
帝のおん前から 内侍 ないし が左大臣の席に来て、
「帝がお召しでいらっしゃいます」
と伝えました。
左大臣が帝のおん前に進みますと、この日のねぎらいの御下賜品は、帝付の 命婦 みょうぶ が取り次いで賜わりました。白い 大袿 おおうちき に御衣裳一揃いは、こういう時の 慣例 しきたり のとおりでした。
帝からお盃を賜わるついでに

いときなき  初元結 はつもとゆひ に 長き世を  契る心は 結びこめつや
(いとけなくいとしい者の元服の初元結を 結ぶその時 若いふたりの夫婦の契り長かれと 結びこめただろうか)
と、帝は例の添臥しのお心づもりをこめて、念をおされました。
結びつる 心も深き 元結に  濃きむらさきの 色しあせずは
(心きめ結びこめた元結に 色鮮やかな濃紫 殿御の心も濃紫 とことわに色あせぬよう 夫婦の契りもこめて添う)
と、左大臣はお答え申し上げ、 長橋 ながはし から庭上に降りて拝舞されました。ここで、 左馬寮 さまりょう のお馬と、 蔵人所 くろうどどころ の鷹を 鷹槊 たかほこ に止まらせたものを拝領いたしました。 御階 みはし の下には親王たちや 上達部 かんだちめ が居並び、それぞれの位に応じた ろく を賜わります。
その日の帝の御前に供された 折櫃物 おりびつもの や、 籠物 こもの の料理などは、 右大弁 うだいべん が、帝の仰せを承って調進したものでした。 屯食 とんじき や禄の入った 唐櫃 からびつ など、置ききれぬほどあふれ、東宮の御元服の時よりもおびただしく、かえって今日のほうがすべてにつけ、この上なく盛大になりました。
源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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