〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-W』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻一) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/11/17 (火) 

桐 壺 (十四)  

亡き更衣の場合は、他の妃たちが誰も認めようとせず憎んだのに、あいにくと帝のご寵愛の度が深すぎたのでした。帝は亡き人のことをお忘れになったわけではありませんが、いつとはなしに、お心が藤壺の宮へと移ってゆき、この上もなくお心が慰まれるようなのも、これが人の心の常なのでしょうか。
源氏の君は、帝のお側を離れたことがありませんので、時々通うお方もそうですが、まして誰よりもしげしげと帝がいらっしゃる藤壺では、宮もそうそう恥かしがって、源氏の君からかくれてばかりいるわけにもまいりません。
どの妃たちも、御自分が一番美しいと思っていらっしゃることでしょう。たしかにそれぞれに、とてもお綺麗にはちがいありませんが、何しろご年配の方が多い中で、藤壺の宮お一人だけは、とりわけお若く可愛らしくていらっしゃいます。恥かしがられて源氏の君に見られまいと、つとめてかくれようとなさるのが、何かの拍子に、ちらりと自然に、かい間見えてしまうことがるのです。
母君の面影は全く覚えていないところへ、
「藤壺の宮さまは、亡き母君さまとほんとにそっくりでいらっしゃいますよ」
と、典侍が話すものですから、子供心にもこの藤壺の宮を、
「ほうんとうになつかしいお方だ」
と思い込み、
「いつもあのお方の側へ行っていたい。もっと馴れ馴れしく親しくさせていただきたい」
と、憧れていらっしゃるのでした。
帝も、おふたりとも限りなくいとしくお思いになっていらっしゃるので、藤壺の宮に、
「どうかこの子に冷たくなさらないで下さい。どういうわけか不思議に、あなたがこの子の亡くなった母のような気がします。 無躾 ぶしつけ な者だと思わないで可愛がってやって下さい。この子の母は顔つきや目許などは、この子によく似ていました。だからあなたとこの子が、母子のように見えても不自然ではないのでしょう」
などと頼むようにおっしゃいますので、それを聞いている源氏の君は幼心にも、さりげない春の花や秋の紅葉をお贈りしては、親愛の気持をお見せになり、お慕いしていらっしゃいます。
それを見ると、弘徽殿の女御は、また藤壺の宮ともおん仲がよくないのに加えて、桐壺の更衣に対する ふる い憎悪も再燃してきて、源氏の君にまでも、新たな憎しみが湧いてくるようでした。
帝が世にまたとない美貌と御覧になり、世間にも評判の高い藤壺の宮に比べても、源氏の君の艶やかなお姿は、尚一層たち優って、たとえようもなく愛らしいので、世の人々は誰いうとなく 「光る君」 とお呼び申し上げています。藤壺の宮もまた源氏の君とともに、それぞれ帝のご寵愛が格別なので、こちらは 「輝く日の宮」 と申し上げるのでした。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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