〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-V』 〜 〜
==武 士 道 ==
(著:新渡戸 稲造 訳:山本 博文)
 

2015/11/10 (火) 

女 性 評 価 の 二 つ の 基 準

男性でさえ、互いに平等であるのは、法廷あるいは選挙の投票など、限られた場面だけである。それを考えると、男女間の平等に関する議論で思い悩むのは無駄なように思える。
アメリカの独立宣言において、すべての人は平等につくられたと言われているのは、精神的もしくは肉体的能力に関してのことではない。それは昔、ローマの法律家ウルピアヌスは法の前には万人が平等であると述べたのをくり返したに過ぎない。この場合においては、法的な権利が平等の基準であった。
もし法が、女性の社会的地位を測るための唯一のはかり であるとすれば、」その地位がどのあたりにあるかを示すのは、女性の体重をポンド・オンスで示すのと同じく容易なことである。しかしながら問題は、男女間の相対的な社会的地位を比較するための正しい基準とは何か、ということである。
女性の地位を男性の地位と比較するにあたり、銀の価値を金の価値とするように、その比率を数字で出すことが正しいのだろうか、またそれで十分だろうか。このような計算の方法は、人間の持つもっとも重要な種類の価値、すなわちその固有の価値を考慮の外に置くことになる。
男女それぞれが、この世において、その使命を果たすのに必要な資格は多種多様であることを考えれば、両性の相対的測るために用いられる基準は複合的な性質のものでなけらばならない。経済学の用語を借りれば、複本位制でなければならない。武士道は、それ自身の尺度を有していた。それは二項式であった。
すなわち女性の価値を、戦場と家庭とによって測ったのである。女性は、前者においてほとんど評価されなかったが、後者においては完全な評価だった。女性に与えられた待遇は、この二重の評価に対応していた。── 社会的政治的存在としては高くはなかったが、妻および母としてはもっとも高い尊敬ともっとも深い愛情を受けた。
なぜローマ人のような軍事的国民の間で主婦 matrons が高い尊敬を払われたのか。それは彼女たちが、マトロネー、つまり母だったからではないか。戦士もしくは立法者としてではなく、ローマ人は、母の前に身をかがめたのである。
日本においても同様である。父や夫が戦場に出て不在である時、家事を治めるのはもっぱら母や妻の手に委ねられた。少年の教育や彼らを守る役割も女性らに託された。私が前に述べた女性の武芸の稽古も、主として子供の教育というものを理解し、賢明に指導できるようにするためだった。
私は、一知半解の外国人の間に皮相な見解が広まっていることに気づいている。── 日本人は自分の妻を 「荊妻けいさい 」 などと呼んでいるから、妻は軽蔑され尊敬されていない、というのである。しかし、 「愚父」 「豚児とんじ 」 「拙者」 などの言葉が日常使われているのを告げれば、それで答えは十分明らかなのではないだろうか。
日本人の結婚観は、ある意味においてはいわゆるキリスト教徒のそれよりも進んでいると私には思われる。 「男と女は一体となるべし」 ( 『創世記 』 ) だが、アングロ・サクソンの個人主義は、夫と妻とは別々の人格であるという観念を脱することが出来ない。したがって彼らが争う時は、それぞれの権利が認められるし、仲良くなればあらゆる種類に馬鹿馬鹿しい愛称や無意味な甘い言葉を交す。
夫や妻が、第三者に自分の半身のことを ── 善い半身か悪い半身かは別として ── 美しいとか、聡明だとか、親切だとか何だとか言うのは、日本人の耳にはたいへん不合理に響く。自分自身のことを、 「聡明な私」 とか 「私のすてきな性質」 だとか言うのは、趣味のいいことだろうか。
私たちは、自分の妻をほめるのは自分自身の一部をほめるのだと考える。そして日本人の間では、自賛は控えめに述べた場合でも悪趣味だとみなされている。── そしてキリスト教国民の間でもそうなってほしいと願っている! 自分の妻をけなして呼ぶことは礼儀にかなっており、武士の間では通常よく行われた習慣だった。だから私は、かなり長く横道に入ってこれを論じたのである。

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