〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-V』 〜 〜
==武 士 道 ==
(著:新渡戸 稲造 訳:山本 博文)
 

2015/11/09 (月) 

芸 の た し な み も 要 求 さ れ た 武 家 女 性

男らしいことだけが日本の女性の最高の理想だったと読者に思われては、公平ではないだろう。まったくそうではないにだ! 女性には、芸のたしなみや日常において優雅に振る舞うことが要求された。楽器、踊り、および文学も無視されなかった。日本文学史上もっとも優れた詩歌のいくつかは、女性らしい感情を表現したものだった。
じっさい女性は、日本の純文学史上重要な役割を果たした。
踊りは、動作を優美にするためだけに教えられた (私が言っているのは武士の娘のことであって、芸者のことではない)
楽器は、彼女らの父や夫の心を慰めるためのものだった。そのため、それを習ったが、技術を学ぶため、つまり楽器に習熟することが目的ではなかった。その究極の目的は、心を平安に保つためであり、演奏する者の心が平静でなければ、音の調和も乱れると言われた。
私は、前に若者の教育において、芸能は常に道徳的価値よりも下位に置かれたことを指摘したが、同じ考えが女性の場合にも現れている。楽器や踊りは、生活に優雅さと明るさを付け加えるだけでよく、決して虚栄のためや贅沢にふけるためではなかった。ペルシャの王族がロンドンで舞踏会に案内され、ダンスに加わるように勧められた時、自分の国ではこの種の仕事をしてみせるために特別の少女の一団が準備されていると、にべもなく答えたと言うが、私はその王族に共感する。
日本女性の芸事も、見せるため、または出世のために習ったのではない。それは家庭内での娯楽だった。社交の席で見せるとしても、それは主婦の務めとして、言い換えれば家人が客をもてなす工夫の一部としてだった。家庭を中心とすることが、女性に対する教育方針だった。旧日本女性の教養は、武術でも芸能でも、主として家庭のためだったと言える。
彼女らは、どれだけ遠くに離されさまよっていても、決してわが家の炉端の光景を忘れることはなかった。彼女らは、家の名誉と体面とを保つためにこそ、奉仕し、苦労して働き、みずからの命さえ捨てたのである。日夜、強く優しい、また勇ましくも哀しい音色で、彼女たちはその小さな巣に向けて歌いかけた。娘としては父にために、妻としては夫のために「、母としては子のために、女性は自分を犠牲にした。

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