旗艦ニコライ一世の艦橋にいたネボガトフ少将も、ほぼ同時に厳島など五隻からなる第五戦隊の煤煙を見つけた。日本側の煤煙は良質の英国炭を使っているために薄かった。このため発見は、日本側よりやや遅れた。 「あの煤煙は味方じゃないだろうか」 と、ネボガトフは先任参謀のセルゲーエフ大尉に言った。彼はこの陣列のなかにいない戦艦シソイ・ウェリーキーやナワーリンなどが、息せき切っておとを追って来ているのではないかと期待した。それらの艦の運命を、ネボガトフがむろん知る由もない。 「日本人
です」 と、長身のセルゲーエフ大尉が、観念したように小声で言った。 「味方はいないか」 ネボガトフは、他の幕僚たちを振り返った。彼は温和な表情を少しも変えていない。彼が発したこの質問は、もしこの付近に味方がいればそれを指揮下に入れて交戦する決意が含まれていたのだろうか。 「敵ばかりです」 と、幕僚が口々に言ったころは、日本の第六戦隊も
「艦影」 の中に加わっていた。 もっとも、第五戦隊にせよ第六戦隊にせよ、捜索を主目的とする弱小艦ばかりだったから、彼らが挑みかかってくればネボガトフ艦隊はこれを一掃することが出来た。しかし彼らはあくまでも捜索・警戒の任務から踏み外ずそうとはせず、ロシア艦隊の主砲の射程外に用心ふかく距離を保ちつつ、送り狼のようにつき従って来る。 三笠は、第五戦隊からの無電を受けると、すぐその方角に向かって走り出した。 無電は、何度も入って来た。走りながら敵情がよくわかった。戦艦二隻をふくんだ五隻が北東に向かい十二、三ノットで走っているという。 「おそらく敗残艦隊の主力ですな」 と、加藤が言うと、東郷がうなずいた。針路は敵の前途を扼やく
すべく指定された。三笠のうしろに、無傷の主力艦隊 (第一、第二戦隊) がつづいている。 午前八時四十分になった。 なお見つからなかったため、
「前途を扼」 すると言っても前途がありすぎたのかも知れないという不安が、三笠の艦橋を占めた。 敵の所在地点は、見張の第五戦隊から打たれて来る無電で分かっている。東郷は、二手ふたて
に分かれることを決意した。 上村彦之丞の第二戦隊をしていきなり敵の所在地へ急航せしめようとした。ただし命じたのは戦闘ではなく、 「接触を保て」 ということであった。戦闘は、第一戦隊である東郷直率の戦艦戦隊がやらねば討ち洩らすおそれがある。東郷はそこまで用心深かった。 上村の装甲巡洋艦出雲以下が、針路を変えた。その場所・・
へ波を蹴って急航した。戦闘というより捕物とりもの
に近かった。 |