〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-U』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(八)
 

2015/09/15 (火) 

ネ ボ ガ ト フ (三)

「この五艦以外の艦はどうしたのだろう」
と、ネボガトフはまわりの幕僚に問うともなくつぶやいたが、むろんたれ一人正確な答えを持っているはずがなかった。
じつは、この艦隊に追いすがるべく少なくとも三艦が後続していたことは確かだった。第二戦艦戦隊の二番艦だった戦艦シソイ・ウェリーキー (一〇四〇〇トン) と三番艦の戦艦ナワーリン (一〇二〇六トン) それに装甲巡洋艦ナヒーモフ (八五二四トン) という群れである。
なぜなら、この夜、第四駆逐隊の四隻を率いて海域一帯を走りまわっていた鈴木貫太郎中佐が、そのようにつながって行くところを目撃しているのである。
じつはロシアからネボガトフが直率してきた第三戦艦戦隊は、長い航海中、ネボガトフの指示で夜はずっと無燈航行をやってきた。そのことはすでに触れた。ネボガトフは夜戦になった場合に備えてそれを訓練しておいたために、彼の 「直参」 の諸艦はこの二十七日から翌日にかけての夜、無燈火で平然と縦隊を組んで行くことが出来たのである。彼らが日本の水雷攻撃をかわして無事に二十八日の朝を迎えることが出来たのは、この夜間の忍び歩きのたくみさによるものだった。
ろころがロジェストウェンスキー直率の諸艦は、その訓練がまったく出来ていなかった。ロ提督はこの意味からも、賞められるべき指揮官ではなかった。
このため、第二戦艦戦隊に所属していた諸艦は途中で各個に脱落してしまっただけでなく、日本の駆逐隊、艇隊が波間をくぐるようにしてやって来ると、飛びあがるように驚いて探照燈をつけm砲火を開いた。
「敵が砲撃したり、探照燈を照らしたおかげで、よく目標がわかった」
という意味のことを鈴木貫太郎はのちに語っている。彼のはるかな後年、太平洋戦争の終末期の日本の首相にならざるを得ない運命を持ったが、この当時においては世界の海軍の水準から見て、水雷戦の指揮官としては超一流であったであろう。
彼は先ず戦艦ネワーリンを撃沈した。
「水雷で敵を攻撃するこつは、敵が発見しないうちにこちらがうんと近づいてしまうことだ」
という考えを鈴木は持っていた。それには鋭敏な索敵感覚が必要だった。
鈴木たちがナワーリンを発見した刻限はすでに夜半を過ぎている。二十八日の午前二時半ごろで、たまたま半月があがっていた。右舷に二つの艦影が見えた。はじめはシソイ・ウェリキーの影が目に入った。ひどく三笠に似ていて、
「三笠ではないか」
と、鈴木は駆逐艦朝霧の艦橋で首をひねった。鈴木にすれば三笠は昼間あれだけ敵の集中弾を受けたのだから陣列から落伍してしまっていても不自然ではないと思った。
このため発光信号を送ってみた。応答がなかった。その時ナワーリンの影が見えた、鈴木は各艦にたいし攻撃を命じた。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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