私はアメリカへ去った二人に心を残しながらも、郡と結婚して、今日に至りました。あの子のことは片時も忘れたことはありませんでした。あの子が成人してたずねて来て、再会の喜びから醒
めたとき、私は絶望で目の前が真っ暗になりました。 郡は私が結婚前、黒人と同棲して、子供を産んだことなど知りません。もちろん恭平も陽子もそんな異父兄がいることなど知りません。自分と家庭を守るためには、ジョニーに消えてもらうしか方法がないと、追い詰められた私は浅はかにも考えたのです。私とジョニーの関係を知っている者は、だれもいません。ジョニーは、自分のような隠し子がいることがわかると、私に迷惑をかけると思ったらしくて、いつも密やかに連絡して来ました。 ウィルシャーもジョニーが来日する前に死んだと、ジョニーから聞きました。ウィルシャーがジョニーの旅費をつくるために自分の体を犠牲にしたということは、刑事さんから聞いて初めて知ったのです。ジョニーはもうアメリカへ帰りたくないと言いました。日本の国籍を取って日本に永住したいというのです。私に迷惑をかけないから、私のそばにいたいと訴えました。 でもジョニーがそばにいては、いつかは私の過去が露あら
われてしまう。そうなったら、私は破滅です。アメリカへ帰るようにジョニーを説得しましたが、彼はいうことをききません。私は追い詰められた気持になりました。 私はジョニーを殺す決意をして、九月十七日の夜八時ごろ清水谷公園で待つように言いました。あの公園が夜になると人通りが絶えて、逃げるにも足場がいいことを前から知っていたからです。 でもジョニーに会うと、何度も固めたはずの決心が鈍りました。それが鈍ったまま、自分と家庭を守るためにナイフを突き出したために、ナイフは先端がジョニーの体にほんんの少ししか刺さりませんでした。そのときジョニーはすべてを悟ったようです。ママぼくが邪魔なんだねとジョニーは言いました。・・・・そのときのジョニーのたとえようもない悲しげな目つきを私は忘れることが出来ません。・・・・私は・・・・、私は、・・・・わが子をこの手で刺してしまったのです。すべてを悟ったジョニーは私が中途半端に手を離してしまったナイフの柄に自らの手を当ててそのままグッと深く突き立てたのです。そして私に早く逃げろと言いました。ママが安全圏に逃げるまで、ぼくは絶対に死なないから早く逃げろと、自分を殺しかけた母に身を瀕死ひんし
の体で庇かば ってくれたのです。私はあれ以来一分一秒として安らかな時間はありませんでした。でもせっかく一人の子供を犠牲にして守った地位と家庭なので、最後まで大切にしようと思ったのです」
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