世界中が、この海戦のなりゆきを見まもっていた。たとえば、この五月の十九日付で刊行された英国の雑誌
「エンジニアリング」 には来たるべき日露海戦がいかに注目すべき世界史的事件のなるかを論じている。 「来るべきこの海戦は、その影響するところのものは史上かつてない大きさになるだろう」
と言い、 「この海戦の争点は、海上権にある。島帝国である日本の地理的条件はわが英国のそれと同じで、満州における日本陸軍の勝利の価値を決して小さく評価するわけではないが、日露戦争における陸戦はあくまでも副位の戦いである。日本の海軍が海上権を保持することによってのみ陸戦の戦果が評価されるというものだからである。日露戦争における日本の段階は、たとえばナイルの戦いに勝ってなおいまだトラファルガーの海戦を経てないものである。もしネルソン提督にしてフランスのヴィルヌーヴ提督に敗れたとすれば、イベリア半島における英国陸軍は実効を発揮せず、またウォーターローにおけるウェリントン公爵の勝利も期待できなかったかもしれない。もし東郷がこの海戦でロジェストウェンスキー提督に敗れるとすればどうであろう。満州における日本陸軍の戦勝は、ついに名誉のみのむなしいものになってしまうのである」 と述べ、日露両艦隊の比較を論じている。 その論評は、決戦兵力である双方の戦艦の比較からはじめている。ロシア側が戦艦八隻
(うち新鋭艦は五隻) であるのに対し、日本側が戦艦四隻しか持たないというのが日本側の弱点であろう。もっとも日本の戦艦のうち三笠、敷島、朝日は一万五千トン強という巨艦で、ロシアの四隻の新鋭戦艦が一三五一六トン
(オスラービアは一二六七四トン) であるという点でややまさっている。ただし日本のその戦艦四隻の艦齢が、ロシアの新鋭五隻よりも古くなっているという点で日本側がおとる。 要するにロシア側は戦艦の数と九インチ以上の巨砲において日本側よりも優位に立っている。此れに対し日本側は、巡洋艦の数と八インチ砲以下の速射砲においてまさっているから、双方の物質的戦力はほぼ相同じということができる、とその論評にいう。そのとおりであった。 この論評は、この海戦を、 「近代的艦隊が、たがいに全滅を賭
して戦う決戦」 と規定しており、近代的大艦隊同士の決戦は、鋼鉄の防禦板と巨砲をしなえた蒸気軍艦が出現して以来最初の例を開くことになるとし、従って木造の帆船をもって行われた過去の大海戦
(たとえばトラファルガー海戦) とどういう点で原則が一致するかということが、実際に海戦が行われてみなければわからないとし、だから予断は出来ない、としている。 両軍の物資力がほぼ同じだとすれば、あとはこれを運用するところの両軍の将兵の資質や技倆が、勝敗を決するかぎ・・
なるだろうと述べ、しかもそれらを数量化して比較出来ないため、それについての論評を差し控えている。しかし、 「ロシアの将兵の資質や技倆が、世間が想像しているようにだらしないものではないと考えたほうがよい」 と言っているが、日本側もこの点については決して軽んじていなかった。ただ日本の頼むところは、世界海軍史上日本が内々ながら最初に開発した大艦隊戦術という頭脳的な面と、砲弾を実際に命中させるという兵員の砲術能力においては敵よりまさっているだろうとほのかながら思っていたに過ぎない。 |