〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-T』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(八)
 

2015/07/19 (日) 

敵 艦 見 ゆ (一)

この時期の東郷艦隊の位置に触れておく。
東郷の連合艦隊は、三つの艦隊に区分されていた。
第一艦隊は東郷がこれを直率し、そのうち第一戦隊が主力部隊であった。三笠以下四隻の戦艦のほかに、装甲巡洋艦春日、日進それに通報艦一隻が加わっている。この二隻の装甲巡洋艦はかつてこの艦隊が戦艦八島、初瀬を触雷で失ったために戦艦の代わりのようなかたちで主力部隊に参加していた。この時代の決戦は戦艦の巨大な砲力と防御力が担当するというのが常識であった。この場合、春日と日進が問題であった。両艦は装甲巡洋艦でありながら戦艦の代用をさせられていた。ただしこの両艦には戦艦に準ずるだけの攻防力があると認められていたので、いわば無理をおして第一艦隊第一戦隊という戦術単位に組み込まれている。このため彼らは決戦場では戦艦につおてゆくためにずいぶん苦労をした。
この第一戦隊は、朝鮮南東岸である加徳水道に艦影を浮かべていた。ほかにこの加コ水道での待機組には、第二艦隊の主力も混じっている。第二艦隊司令長官が上村むらかみ 彦之丞ひこのじょう中将であることはしばしば触れている。その主力は第二戦隊であった。旗艦出雲いずも 以下六隻の装甲巡洋艦と一隻の通報艦で成り立っている。ほかに第二艦隊の第四戦隊も加コ水道にいた。第四戦隊は浪速なにわ を旗艦とする四隻の巡洋艦戦隊である。
この加コ水道の奥に鎮海湾がある。そこに旗艦三笠だけが仮泊していた。陸上との連絡の便のためであり、もし出動するとすれば最後尾から走って最先頭に立つという運動をせねばならぬであろう。
第三艦隊は司令長官が中将片岡七朗で、旗艦は二等巡洋艦厳島である。その主力は第五戦隊であり、厳島、鎮遠、橋立、松島などで、いずれも日清戦争当時には花形の主力艦だったが、今は艦齢も性能も老いてしまっていた。この第三艦隊の大部分が対馬付近で待機し、とくに快速を持った第六戦隊 (須磨、和泉いずみ秋津洲あきつしま 、千代田) といった二、三等巡洋艦たちや、第一艦隊第三戦隊 (二等巡洋艦笠置以下四隻) の各艦が、それぞれ哨戒担当区域を密度高く巡航し、敵が対馬コースに出現する場合にいち早く発見しようとつとめていた。
ほかに、
「附属特務艦隊」
というものがあった。
台中丸を旗艦とする大小の汽船で編成されている。全部で二十四隻で、そのうち十隻は仮装巡洋艦である。その十隻はそれぞれ小さな砲を乗せていたが実体は汽船で敵の軍艦と渡り合えるような力はなかった。それらはすべて哨戒任務に当っていた。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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