──
こまった、こまった。 と、参謀長島村速雄は連発しながらも、結局は東郷の言い出したことを具体化するしかなかった。 「長官の御乗用には、竜田がいいでしょう」 と、真之がいうと、島村がうなずき、 「こっそり護衛の駆逐艦を二隻つけておくか」 と言った。 竜田
(八六六トン) は、諜報艦である。それらに関する幾通りもの命令を真之がその場で書き、島村が見て、即時、発せられた。 十八日朝、東郷は竜田に移乗して、裏長山列島の根拠地を、二十ノットの速力で出発した。 途中、大連に寄り、十九日朝ふたたび海上に出た。 波は、やや荒い。 空は、快晴であった。 東郷のそばには、 ──
海軍きっての遠目。 と、自称する飯田久恒少佐が侍立
していた。 むろん、東郷の幕僚である島村速雄も秋山真之もついてはいない。東郷は、彼らの同行を禁じた。この竜田が浮流機雷でやられれば、連合艦隊の首脳部は一瞬で潰滅するからである。 竜田が出発してほどなく、背後から駆逐艦二隻が足早に追っかけて来て、竜田の艫とも
すれすれにくっついた。 ── 妙なものが来た。 と、艦橋にいる東郷は思ったであろう。双眼鏡をかまえて、その背後の二隻の駆逐艦をじっと見ていた。 「東郷さんは、うしろばかり見ておられた」 と、飯田はのちに語っている。彼はこの竜田の艦長の釜屋忠道中佐らとともに、やっきになって前方の海面を注視しつづけていた。浪間に浮流機雷が顔を出しているかどうかを見つづけてゆかねばならなかった。こういう場合は、目は一人でも多い方がいい。司令長官といえどもそれに関心があってもいいのだが、東郷はただ背後の駆逐艦が気になるらしい。 この二隻の駆逐艦の艦長は、出発にあたって島村速雄からしつこく注意されていたことがある。 ──
万一の事があれば、両舷から着けてその任務をはたせ。 ということであった。万一の事というのは、むろん、竜田が浮流機雷にかかった場合のことを言う。事故が起こればすぐ二隻の駆逐艦は左右にわかれて竜田の両舷にぴったり横づけになり東郷を救出する、ということであった。 島村が指示したとおり、この二隻の駆逐艦艦長は、その行動にいつでも移れるような操艦の仕方をしていた。ときに彼らは練習をした。竜田の艫にくっついたかと思うと、すぐ左右に別れて、竜田の両舷すれすれにやってきて、肌をあわせるような動作をする。やがて後方へ退いてゆく、といったあんばいである。 開戦当時には、どの駆逐艦もこれほど見事な動作は出来なかったのだが、十ヶ月の封鎖中に行われた訓練が、それを見事に可能にした。 東郷の関心は、それにあったのであろう。彼は多弁な男なら、 ──
よくやっている。 と、その能力をほめたにちがいない。ただ例によって無口であるがために、 ── あの駆逐艦は、自分の護衛のために来ているのか。 ということさえ、たれにも質問しないのである。 |