〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-[』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(五)
 

2015/04/19 (日) 

二 〇 三 高 地 (五十四)

児玉は、成功した。
彼は砲兵陣地を大転換することによって歩兵の突撃を容易ならしめ、六千二百の日本兵を殺した二〇三高地の西南角を一時間二十分で占領し、さらにその東北角をわずか三十分で占領した。明治三十七年十二月五日である。
翌六日の乃木希典の日記には、
「好晴」
と、まず、ある。
「午後二〇三ニ登ル。渡辺、村上両 隊長、観測将校等ニ握手。帰路、斉藤少将ヲ訪フ。赤坂山以東ノ敵、退却ス」
乃木はこの日の日記通り、この六日午後、はじめて二〇三高地の山麓の土を踏み、斜面を登った。将士たちの労をねぎらうためであった。多数の幕僚たちが、それに従った。
ところがこの時刻、児玉は、高崎山の第七師団司令部にいた。滑稽なことにこの男は彼が陥としたその山には登ることをしなかった。
「腹が痛い」
と乃木に言ったのである。
児玉にすれば、新占領地点の巡視は、いわばパレードであった。それをおこなうのは軍司令官であるべきであり、自分がもし乃木とともに幕僚を率いて二〇三高地に登れば、乃木の面目にかかわるであろう。
児玉は大山の命により、一時期、乃木から指揮権を奪った。その秘事を現地において知っているのは乃木と軍司令部参謀だけであった。東京では山県参謀総長と、長岡同次長だけが知っている。部外に洩らすべからざるものであり、すべては第三軍司令官男爵乃木希典の功績にすべきものであった。でなければ、今後陸軍の統帥権の問題において、この児玉のやったことは、すさまじい悪例を残すであろう。そのことは、児玉は十分知っていた。
このため、児玉はこの日の二〇三高地巡視さえ遠慮した。第一、陥ちてしまった二〇三高地には、もはや児玉は用はなかった。
「歯痛も加わっておる」
と、児玉は乃木に言った。
げんに児玉は、歯が痛かった。
この日、児玉が痛いと称して高崎山に残ることについて、落合泰蔵軍医部長も職務として残らざるを得なかった。
落合は、児玉の話相手になった。
児玉は、この落合に向かって、
「軍医部に、なぜ歯医者が加えられていないのか」
というこよを、くどく言った。
「上級指揮官は多くは老人で、野戦久しきにわたるため、義歯が破れ、みな難渋している。腹の痛みには堪えられても、歯の痛みだけはかなわぬ。落合、なおせるか」
と、なかば本気で言った。
落合は、迷惑した。
「ドイツでも、歯科医は軍医部に加えておりません」
と言おうと、児玉は感心して、ドイツ人は歯が痛まんのか、と言った。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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