〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-[』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(五)
 

2015/04/15 (水) 

二 〇 三 高 地 (四十六)

児玉は、前線に出た。
この日、十二月三日である。二〇三高地の砲塁のことごとくが、沈黙していた。日本軍も、全員が銃剣をおさめ、砲は火を噴いていなかった。
休戦なのである。
死体収容のための休戦であった。このような目的の休戦は、この包囲戦の期間中、しばしば行われ、慣例化していた。
この目的での休戦は、ロシア軍に比して戦死者が圧倒的に多い日本軍の側からいえば文字通り死体収容のためのものであったが、ロシア側は、砲塁の修復のためにものであった。ロシア側はつねにこの休戦の申し入れを喜んだ。
日本軍にとっても、消極的な利益がある。日本軍の突撃の壕が、二〇三高地の中腹近くまで掘られているが、その壕の底に死体が詰まり、さらにその死体の上に死体が重なって、もはや壕の役割をなしていないまでになっている。ということは、日本軍の生きた歩兵・・・・・ は、壕にうずまった死体を踏んで行くのだが、死体の方が、壕よりも盛り上がって締まっている事が多く、生きた兵は、体を露出しなければならない。休戦によってそれを排除し、もとの壕の機能を回復する、というのが、乃木軍がやってきた休戦の目的であった。これにひきかえ休戦で砲塁を補修し、休戦後、砲塁の威力を新鮮にするロシア軍に比べ、彼我の休戦効果の大小は、論ずるだけ無駄であろう。
(なんという馬鹿なことをする)
と、児玉は、煙台の総司令部にいるときから、このことについて憤懣ふんまん を持っていた。
ところが、児玉がこの戦場に来た十二月一日、乃木軍は休戦をロシア側へ提案した。
ロシア側はそれを承認し、この日からその期間・・ に入った。休戦期間は、四日までである。
児玉は、今度ばかりはこの休戦を喜んでいた。
(この期間中に、作戦計画を変更してしまおう)
と、思った。重砲陣地の移動についても、
「二十四時間以内に完了せよ」
という、乃木軍司令部の砲兵担当者が唖然あぜん とするような命令を出したのは、この休戦期間を利用してそてをやらねば、弾雨の中ではとうていこの作戦は不可能であると思ったからであった。
このため、児玉が高崎山の第七師団司令部についたときは、二〇三高地は沈黙していた。
といって、この旅順の天地が静かなわけではない。この大要塞の北部や東部の方の砲塁は相変らず活動しており、遠雷のような砲声を間断なくとどろかせていた。
大迫師団長は、掩堆壕えんたいごう の中で体を小さくしながら、
「閣下、私の師団に、もう一度攻撃をやらせていただきませんか」
と、懇願した。よほど疲労が深い様子で、感情の抑制がきかなくなっているらしく、ただそう言うだけで、この老人は涙声になっていた。この老師団長の生き残りの部下はもはや千人そこそこにすぎないのである。
児玉は、承知した。
彼は、彼の新計画による攻撃計画の中に、すでに消滅したも同然の第七師団を加えてやるつもりであった。でなければ第七師団は、ただ旅順に虐殺されに来ただけの師団として戦史に残るであろう。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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