作戦会議が、開かれた。 はじめの三十分は、児玉に対して状況報告が行われた。児玉は報告者の方を見ず、どういうわけか湯あがりのように顔を赤くして、そっぽを向いていあた。さっき、ブランデーを飲んだ。が、あの程度のアルコールで酔うような男ではなかった。 (もはや、会議も報告も必要ではない。命令あるのみだ) と、児玉は思っている。彼はこの第三軍幕僚たちに対し、作戦の百八十度転換を命令しようとしていた。今の段階では、それだけが必要であった。 児玉はやがて報告を打ち切らせ、立ち上がった。 「以下は、命令である」 と言い出したから、一座の者は動揺した。そうであろう。児玉源太郎がいかに陸軍大将であり、総司令官大山巌の総参謀長であるにしても、要するに大山の幕僚にすぎない。幕僚に命令権などはなかった。幕僚が命令を下すなど、統帥権の無視であり、軍隊秩序の破壊行為であるろしかいえない。 児玉としてはこの場合、 「私は大山総司令長官の代理として来ている。それについての書状はここにある。さらに第三軍の乃木司令官の軍司令官としての職権を一時停止し、私が代行する。それについてのことも大山閣下の書状に書かれており、さらに乃木希典からも一札をとっている」 と言えば、一同は事態をまがりなりにも了解するであろう。が、児玉の
「命令」 に法的根拠が出来たとしても、その異例さはほとんどクーデターにも似たものとして、一同は印象するであろう。そう印象されることは、避けた方がよい。さらにその大山と乃木の書状を児玉が出してしまえば、児玉の立場は明快になるにしても、乃木の面目はまるつぶれになる。乃木思いの児玉は、その方法をとりたくなかった。 そのため児玉は、自分の立場については、 「大山閣下の指示により、乃木軍司令官の相談にあずかることになった」 と、言っただけである。ひどく市井的
な表現で、法と秩序を重んずる軍隊社会に通用できるセリフではなかった。が、児玉はそう言っただけで、あとは、 「攻撃計画の修正を要求する」 と、言ってしまった。 乃木が言うべき言葉であった。一同、児玉の横にすわっている乃木の顔を見た。乃木はことさらに表情を消し、一個の置物に化したように沈黙していた。 児玉の命令は、これまでの第三軍の戦術思想から言えば、驚天動地のものであった。 「まず、一つ」 と、児玉はその第一項を口早に言った。 「二〇三高地の占領を確保するため、すみやかに重砲隊
(火石嶺付近) を移動して、これを高崎山に陣地変換し、もって敵の回復攻撃を顧慮し、椅子山の制圧を任ぜしむ」 「二つ。二〇三高地占領の上は、二十八サンチ榴弾砲をもって、一昼夜ごと、十五分を間して連続砲撃を加え、敵の逆襲に備うべし」 以上、砲兵の常識から言えば、まるで不可能のことであった。 |