〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-[』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(五)
 

2015/04/04 (土) 

二 〇 三 高 地 (十七)

さらに一例。
この日、二〇三高地の西南角にありロシア軍堡塁に香月中佐の連隊が反覆突撃し、ついに白兵戦をもってロシア兵をたたき出した。白兵戦の闘技は、日本兵はロシア兵よりもはるかに勝っていた。日本には古来、槍術の伝統があり、それを基礎にしてこの頃すでに銃剣術の技術が完成していた。
香月隊は、確かに西南角の堡塁を占領したが、旅団命令はそれだけで彼らをそこに留めておかなかった。
── その西南角から鞍部あんぶ を通って頂上へ進め。
という命令が、すでに出ている。ところが、占領したこの堡塁にロシア軍の銃火器が集中して、顔も出せない状況であった。旅団命令によれば、東北角をめざす村上大佐の歩兵第二十八連隊と連繋しつつ行動することになっていた。その村上大佐の連隊が、移動しようにも移動するごとに銃砲火の集中を受けて士卒がどんどん斃れるため、しょの主力は、突撃用の基地である第二歩兵陣地 (坑路) から身うごきが出来なかった。左翼をなす村上の隊が動けないため、右翼である香月の隊も、堡塁から出ることが出来ない。
香月・上村の両隊とも、銃砲火を浴びつづけて一時間ばかりすくんでいた。香月隊では、堡塁を出ようとして顔を出した一士官がその瞬間、顔をもぎ取られたし、村上隊でも同じであった。
これら二〇三高地における日本軍の状況を、海上から双眼鏡で見ていた人の感想が残っている。
「赤城」 の艦長の江口鱗六りんろく 中佐であった。
「味方軍が、二〇三高地の中腹にダニのむらがりついたように見える」
が、ダニの群れは、敵の銃砲火のすさまじさのために動けなかった。
このダニの状況を見ていた旅団長友安治延はるのぶ 少将は、村上隊に対し、冷厳な命令を発しようとした。
「陣地を出て前進せよ」
ということであった。陣地を出ることは、全滅を意味した。が、旅団長はそれを命じた。
ところがこの旅団の司令部そのものが、この時老鉄山から飛来した巨弾のために爆砕された。旅団司令部は地下室になっている。厚い掩堆えんたい でおおわれていた。それを吹っ飛ばしたほどであったから、その砲弾の大きさが分かるであろう。巨弾は、ちょうど空中を機関車が走るような音をたてて飛来して来る。その飛来音の様子を、友安旅団長の副官であった二十四歳の乃木保典やすすけ (乃木希典の次男) が、陣中から東京の親戚の少年に宛てた手紙の文章を借りて言うと、
「露助ノ野郎、大キナ大砲ヲ打ツゼ。踏切ノ下ニ居テ、汽車ノ通ルノヲ聞ク時ヨリモ、モット大キナ音ガスルンダゼ」
ということになる。この時飛来した巨弾のために友安の旅団司令部の司令部員のほとんどが、即死もしくは負傷した。無傷だったのは友安とその副官の乃木保典だけだった。
友安は、前線の村上大佐に前進を命じなけらばならないが、電話線が切れてしまったため、副官の乃木保典少尉に伝令を命ぜざるを得なかった。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
Next