旅 順
(九) | 乃木の高等司令部は、参謀長である伊地知の存在のために前線の感情から浮き上がってしまっていた。 ある旅団長は、たまりかねて東京の長岡外史に手紙を書き、 「伊地知は作戦というものを何も知らない。つねに敵情や前線の事情に即しない命令を出してきては、いたずらに犠牲をふやしている」 と、直訴
したりした。この直訴の文章の中に伊地知のことを、 「老朽変則の人物」 と、きめつけている。 東京では、憂慮した。このため大本営ではその実情をひそかに知るために現地に人
(中佐筑紫熊七など) を派遣したりした。それによって得た内情は深刻なもので、乃木の隷下れいか
の師団長級は乃木の司令部に対して信頼感を持っていないと言うのである。 第一回総攻撃の後、伊地知参謀長が満州軍に送った報告文は、ほとんど素人同然の内容で、その粗末さは児玉らを驚かせた。 「諸報告を総合するに、敵の堡塁や砲台は予想以上に強い。堡塁は堅固に掩蔽えんぺい
されており、しかも堡塁外を掃射すべき銃眼を備えている」 彼ら旅順攻撃の高等司令部は、旅順要塞とはどういうものであるかということを、この惨澹たる攻撃中にも十分に知らなかった。敵情というものが容易につかめないということも、戦争にはつきものであったが、知ろうとする努力を怠っていることも確かであった。 たとえば乃木軍は要塞攻撃の予備戦において大孤山という高地を奪った。この高地は旅順大要塞のうちの東正面の堡塁やら砲台やらを目の下に見下ろすことが出来たが、乃木軍の参謀は占領日はじめにやって来ただけで、そのあとたれ一人この頂上へ登って敵情を見ようとはしなかった。 さらにはまたロシア側は、堡塁ごとに多くの機関銃を備えている。この当時、銃剣突撃を命ぜられる第一線部隊にとってこれほど恐るべき新兵器はなかった。会戦の場合ならともかく、攻城の場合、攻撃側の日本軍は一定のコースをたどって突撃してくる。要塞側は、それをなぎたおすだけでよかった。なぎたおされるために日本軍はやって来るようなものであった。 ところが、 ──
機関銃というものをロシアは持っている。 ということを乃木軍の高等司令部は後方にあって知識として知りつつも、幕僚がみずから最前線へ出てその威力をその目で見ることを怠った。作戦者というものは敵に新兵器が出現した場合、みずから身を挺して前線へ行き、その猛威下でその実態を体験しなければ、作戦は机上のプランになるおそれがある。
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