このあたりは、朝鮮の蔚山の沖になる。まだ夜が明けきっていないということもあって、ロシア側は、上村を発見するのにやや遅れた。 これまでの心理的重圧感もあって、上村両眼は、最初から血走っていた。彼がいかにこの一戦に必死だったかといえば、彼の旗艦出雲が急航に急航をかさね、ついに吾妻以下を引き離してしまったことでも分かる。彼は出雲一艦でも敵中に飛び込み、火ぶたを切るつもりであった。このとき殿艦
は磐手であったが、磐手はだいぶ引き離された。この磐手の一士官がはるか沖合いに煙をあげる一艦をウラジオ艦隊だと思い写真におさめたところ、あとで皆が見て、これはわが出雲ではないかと笑い草になった。それほど出雲は遮二無二敵に近づいていた。 上村は、出雲の艦橋にいる。双眼鏡で敵影を見つめていた参謀の一人が、 「大きいですなあ」 と、想像以上に敵艦の艦体が大きいということを言った。上村は吐き捨てるように、 「大きいから、当るのだ」 と、言った。この闘魂のかたまりのような男は、最初の砲撃までの間、触れれば飛び上がりそうに不機嫌だった。 敵がやっと気づいた。狼狽ろうばい
の色を見せ、にわかに針路を左折した。東方に向かって逃げようとする気配けはい
だった。 上村は艦橋で激怒した。ここで逃げられては、彼は憤死せざるを得ないであろう。 上村は、敵を逃さぬため、東南東に変針し、敵を右舷に見た。見つつ距離の短縮をはかろうとした。 まだ砲撃を開始するには、十分に明け切っていない。それに距離はやや遠かった。しかし上村は敵を逃さぬために射撃を開始せざるを得なかった。 上村が、敵のリューリックに対し、八四〇〇メートルの射距離をもって砲撃を開始したのは、午前五時二十三分であった。 敵も、応戦した。 出雲の主砲八インチ砲弾は、一弾ずつに上村の怨念おんねん
がこもっていたのか、虚弾がほとんどなく、吸い込まれるようにしてリューリックに当っては爆発し、たちまちリューリックに火災がおこった。 出雲の八インチ砲の射手は、まだ十分に視界が明け切っていないときから射ちつづけ戦闘中交代なしで射ちつづけたため、目がすっかり疲れてしまったという。 旗艦ロシアもグロムボイも射ちだし、やがて日本の各艦もさかんな砲声をあげ、一弾を発射するごとに海面に緊張が走り、砲煙と煤煙ばいえん
が辺りを覆い、その間、おびただしい数の水柱があがっては消えた。 |