駆逐隊の司令や各艦長をいっせいに交代させてしまったのは、東郷の発意ではなかった。 東郷はよほど徳のある男で、司令たちが戦果皆無を報告して来た時も、 「ご苦労だった」 と言い、報告の最後に一つうなずいただけで何も言わない。本来なら叱り飛ばしてもよかった。ノのちのバルチック艦隊の司令長官ロジェストウェンスキーなら、 ──
命が惜しいのではないか。 と、口汚く罵倒
したであろう。またそれだけに値あたい
することであった。 「暗夜敵を見失いました」 と、司令たちは言う。そのことはいいとして、彼らは薄暮の時に一度、早暁に一度、敵を発見し、攻撃しているのである。 (水雷など遠距離から逃げ腰で射って当るものではない) と、真之は思った。 真之の見るところでは、開戦以来、駆逐艦と水雷艇は休む間もなく働いてきた。司令も艦長も疲労し切って、精神に弾力を失っているのに違いない。さらに彼らは、旅順夜襲で、真之が期待したほどでないにせよ、形式的には高くランクされる武勲をたて、すでに勲章授与も保証されている。 (だから命を惜しむというわけではないが、それに近い気持があるだろう) 小艦艇だけに彼らの疲労の深さは、大艦に乗っている連中の倍である。戦意は疲労の度が加わるに連れて衰えるものだが、この連中をそろえて今後、敵の本国艦隊の来航を迎え撃ち、しかも勝つということは、ちょっと望めないのではあるまいか。 「全員、交代ですな」 と、真之は島村参謀長に対し、そのように言った。島村も、うなずいた。 東郷には、島村から献言した。 「戦いの最中に、頭株の顔ぶれを変えてしまうというのは、どうだろう」 と、東郷は難色を示した。司令長官の最大の仕事は、人心の統御である。彼としては、このさい乱暴な人事をしたくなかった。 「信賞必罰ということです。人心の刷新にもなりましょう」 と、島村は押していった。 統合は賛成した。 島村はそのあと、 人心刷新ということで、私も替えていただきます。このことは、必要です」 と、言い出したのである。 東郷は驚いたが、島村はゆずらない。島村にすれば、各駆逐隊に懲罰の人事を断行した以上、参謀長たる自分だけが残っているわけにはいきません、自分も退けば、司令部の責任問題もおのずと明快になり、艦隊の気分を暗くせずにすみます、と言った。 「私に、巡洋艦戦隊の一つでも指揮させてください」 と、島村は言いつづけた。 「あとは、加藤
(友三郎) がいいかと思います。参謀長にはたれがなるにせよ、秋山がいるかぎり大丈夫です」 結局、あとでこの通りになった。 |