戦場では、夜が近づいている。 東郷は、混乱した敵艦隊を包囲しさらに激しい砲撃を加えたが、敵も必至で逃げた。 そのころには日がまったく暮れたため、東郷にすれば惜しいところで砲撃の中止命令を出さざるを得なかった。午後八時二十五分であった。敵の各艦を大破させているものの、一艦も沈めていないのである。 (まずい。こんなまずいことがあるか) 真之は、濃くなってゆく闇の中で茫然とした。 東郷はべつにいらだちもせず、この戦場の後始末を、駆逐艦、水雷艇の群れに命じた。彼らは夜間攻撃に馴れており、至近距離まで近づいて魚雷で敵を始末するのである。敵を沈めるには、上からの砲弾よりも、下からの魚雷の方がはるかに効果があった。いわば落武者退治であった。 あとを小艦艇にまかせると、東郷は麾下
の艦隊をまとめ、根拠地である裏長山列島にむけてゆるゆると帰陣しはじめた。 真之は、遅い夕食をとった。ナイフとフォークを動かしながら、頭の中には、黄海、日本海、オホーツク海というこの広い極東海域が浮かんでいた。 (敵は、どこへ行くのか) おそらく艦隊としてまとまらず、各個に落ちのびてゆくのかもしれない。いずれにしても戦艦五隻、その他巡洋艦多数という敵の艦艇が、日本列島の周囲にばらまかれてしまったのである。まだ旅順で固まっていてくれた方が始末にいい。こうも散らばらしてしまえば、黄海や日本海で明日から日本の汽船は航海出来ないのである。 「どうかね」 参謀長島村速雄の声が聞こえた。向かいの席から真之に話しかけているのだが、考えごとをしていたため耳に入らなかったのである。 「──
え?」 というふうに、真之は顔をあげた。 「三隻は沈めるだろうか」 駆逐艦、水雷艇が、敵の戦艦をである。 「無理でしょうな」 「ほう、なぜかね」 「司令も艦長も、長い封鎖作戦で疲れ切っているようです。艦の動きが躍動していませんよ、昼間のあの様子を見ても」 主力同士の戦闘中、無数の大小砲弾が海面に落下しつづけて、とても小艦艇が入って行けるような状況ではなかった。げんに日本のどの駆逐艦も水雷艇も、戦闘海域ではうろうろするばかりで、ついになにもしていない。入って行ける状況ではないところを、万死をかえりみずに飛び込んで行くのが戦争というものではないか、と真之は思うのである。親ぶねである三笠が艦容が変わるほどの被弾を受けているのに、彼らはひたすらうろうろしていた。 そういう性根しょうね
で、夜間の捨て身の肉薄攻撃が出来るだろうか。 |