ちなみに、すぐれた戦略戦術というものはいわば算術程度のもので、素人
が十分に理解できるような簡明さを持っている。逆に玄人くろうと
だけに理解できるような哲学じみた晦渋かいじゅう
な戦略戦術はまれにしか存在しないし、まれに存在し得ても、それは敗北側のそれでしかない。 たとえて言えば、太平洋戦争を指導した日本陸軍の首脳部の戦略戦術思想がそれであろう。戦術の基本である算術性を失い、世界史上まれにみる哲学性と神秘性を多分に持たせたもので、多分と言うよりはむしろ、欠如している算術性の代用要素として哲学性を入れた。戦略的基盤や経済的基礎の裏づけのない
「必勝の信念」 の鼓吹こすい
や、 「神州不滅」 思想の宣伝、それに自殺戦術の賛美とその固定化という信じ難いほどの神秘哲学が、軍服を着た戦争指導者たちの基礎思想のようになってしまっていた。 この奇妙さについては、この稿の目的ではない。ただ日露戦争当時の政戦略の最高指導者群は、三十数年後のその群れとは種族まで違うかと思われるほどに、合理主義的計算思想から一歩も踏み外してはいない。これは当時の四十歳以上の日本人の普遍的教養であった朱子学が多少の役割をはたしていたとも言えるかも知れない。朱子学は合理主義の立場に立ち、極度に神秘性を排する思考法を持ち、それが江戸中期から明治中期までの日本の知識人の骨髄にまでしみこんでいた。 余談がすぎた。 クロパトキンのことである。 このロシア側の出征軍司令官のたてた戦略戦術にも、神秘性はない。日本軍に数倍する大兵力を満州に集結させるまでの間、ハルビンを最後の線として遼陽以北、撤退につぐ撤退を重ねるという考え方は、おそろしいばかりに合理的である。 日本軍は、無制限な北上をきらうことをクロパトキンは知っている。補給線が長くなり、弾薬食糧の輸送もはかばかしくゆかなるなるうえに、合戦ごとに兵力消耗し、北上しきったあたりではよほど衰弱するであろう。それに日本は国力とぼしく、長期戦に耐える戦力がないことをクロパトキンは知っている。最後にハルビンの線において、衰弱した日本軍に対し、大兵力をもって殲滅せんめつ
的な打撃を与えることによって勝つ。 もしロシア本国が強靭きょうじん
な意志をもって終始クロパトキンを支持し、その戦略を遂行しやすいように内政と外政の機能を十分に運転させたとすれば、おそらく日露戦争の勝敗の位置は逆転していたに違いない。 ただし、ロシア本国はそうではなかった。その上、日本側は彼我ひが
の問題性を十分に知り抜いており、短期戦の主題をまもりぬく上で内政と外政の機能が理想的に回転した。 となれば日露戦争は一将軍の優劣問題など小さな課題であったと言えるであろう。
|