〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-Y』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(三)
 

2015/01/28 (水) 

開 戦 へ (六)

日本政府がロシアに対して、開戦の肚を秘めつつ最後的交渉を始めたのは、明治三十六年の夏である。
ロシアに対する協商条約案を六月二十三日の御前会議で決め、八月十二日、ペテルブルグにいる栗野くりの 慎一郎公使の手をへてロシア政府に提出した。
協商案の主眼は、
「清韓両帝国の独立および領土保全を尊重すること」
「ロシアは韓国における日本の優勢なる利益を承認すること。そのかわり日本はロシアの満州における鉄道経営の特殊利益を承認すること」
といったもので、要するに日本は朝鮮に権益を持つ、ロシアは満州に権益をもって、しか してたがいに侵しあわない、というものであった。
日本が朝鮮にこれほど固執しているというのは、歴史の段階が過ぎた今日、どうにも理不尽で、見様によっては滑稽にすら見える。問題を洗いざら して本質を露呈させてしまえば、日露の帝国主義の角の突き合いである。日露双方が、大英帝国がモデルであるような、そういう近代的な産業国になろうとし、それにはどうしても植民地が要る。そのためにはロシアは満州をほしがり、植民地のない日本は朝鮮というものに必死にしがみついていた。
十九世紀からこの時代にかけて、世界の国家や地域は、他国の植民地になるか、それがいやならば産業を興して軍事力を持ち、帝国主義国の仲間入りするか、その二通りの道しかなかった。後世の人が幻想して侵さず侵されず、人類の平和のみを国是とする国こそ当時あるべき姿とし、幻想国家の架空の規準を当時の国家と国際社会に割り込ませて国家のあり方の正邪を決めるというのは、歴史は粘土細工の粘土にすぎなくなる。世界の段階は、すでにそうである。日本は維新によって自立の道を選んでしまった以上、すでにそのときから他国 (朝鮮) の迷惑の上においておのれの国の自立を保たねばならなかった。
日本は、その歴史的段階として朝鮮を固執しなければならない。これをもし捨てれば、朝鮮どころか日本そのものもロシアに併呑へいどん されてしまう恐れがある。この時代の国家自立の本質とは、こういうものであった。
その日本側の案をロシア側に渡した。
ところが、ロシア側は、
「この問題は本国政府において取り扱わない。極東の外交はすべて、旅順にいる極東総督アレクセーエフに権限を与えてある。であるから談判は、露都において行わず、東京において行うことにしたい」
と言って来た。日本は承知をし、十月六日から小村外相と駐日ロシア公使ローゼンとの間で談判が行われたが、ロシア側は日本の案を黙殺し、 「朝鮮の北緯三十九度以北を中立地帯にしたい」 と、出た。むろん中立地帯とは名ばかりで、要するに平壌 ─ 元山から以北をロシアの勢力下におくというものであり、露骨に言えば朝鮮の北半分は欲しいというのである。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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