袁世凱
がかつて好古を評して、 「自分が見た日本人の中で秋山さんほど大きな人物はいない」 と言ったほど、いわば中国人好みの東洋的豪傑の風のある男だったが、しかしこの真之にだけは、日本の家長らしく実に口やかましい。 (
あし・・ を、いくつだと思っているのだ) と、真之は思うが、これほど他人に対して倣岸ごうがん
な男が、兄の好古に対してだけは少年の頃と同様、頭があがらないのである。 「おまえ、アメリカからロンドンへ渡る船中で、ばくちをしたろう」 と、好古は言った。好古は清国から戻って来て早々、真之のうわさをどこかでうんと仕入れたらしい。 真之にすれば、海軍軍人である以上、ばくち・・・
ぐらいするのが当然だと思ったが、好古はそういうことを言っていないらしい。 なるほど、その船中でばくちをした。 相手はアメリカ人だが、ヨーロッパ風の紳士を気取っている。最初、ご退屈じゃありませんか、とたくみに誘ってきたので、つい乗った。 その相手というのはそれぞれ他人同士に見えるように振る舞っていたが、あとで分かったことは、イタリア系のギャングで、むろん、一味であった。 彼らが真之に目をつけたのは、明治の頃の日本の海軍軍人は軍艦の買い付けで欧州に行く者が多く、出張費もふんだんに持っていることを知っていたからだった。 ポーカーをやった。 最初は、真之が勝ちつづけた。むろん、相手の手であっる。勝ち逃げは出来ないから、なおも続けているうち相手がトリックを使いはじめ、このため真之がどんどん負けはじめた。 真之はポケットの金だけでなく、ついにカバンの中の巨額な金まで手をつけはじめたところ、相手のいかさまに気づいた。 気づいても、黙っていた。 ついに一文なしになるまで捲ま
きあげられてから、真之は立ちあがり、 「ちょっと、話がある」 と、そのギャングの頭目らしい紳士を自室に連れ込み、すばやくカギをかけた。 「おい、見そこなうな」 真之は、どなった。てめえのトリックぐらいは先刻見破っていたが、わざと黙っていてやった。考えてみろ、いかさまにだまされて金を捲きあげられたとあればサムライの名誉が立つか、金はぜんぶ返せ、さもなければこれだ、と、腹のあたりから白鞘しらさや
の短刀をぬきとり、キラリと鞘をはらった。 すさまじい殺気である。 頭目はよほどおびえたらしく、この種の家業人としてはめずらしいことに、金を全部吐き出して真之に返してしまった。 この話を、好古は耳にしたのである。 「おまえは、書生もころとかわらん」 と、好古は大きなまぶたを、ギョトギョト動かしながら、説諭した。 真之は、うつむいて聞いている。兄貴は言うだけ言わせておけばあとは上機嫌になることも、真之は知っている。
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