権兵衛は、二度、海軍を設計した。日清戦争と日露戦争の二つの戦争の準備のためのもので、それぞれ準備に十年という時間を要している。 さきに、権兵衛の役割について、オーナーという言葉を使ったが、職業野球にたとえれば監督であるともいえる。となれば、オーナーは西郷従道である。 日清戦争のだいぶ前、権兵衛が大佐の海軍主事として、海軍を魔王のように切り回していたとき、西郷が再び陸軍からやって来て海軍大臣に就任した。素のことはすでに述べたが、この就任早々のころ、権兵衛が、 「やっかいだが、また大臣教育をせねばならぬ」 と思い、海軍軍政の現状と将来への展望について大部なレポートを書き、それを大臣用の教科書として提出した。 しばらく経って、 「閣下、先日の書類、読んで下さいましたか」 と問うと、西郷はいつもの癖で口もとに微笑を浮かべながら、 「イイエ」 と、品よく目を細める。 幾日か経った。権兵衛はもう一度問うた。 「イイエ」 権兵衛は腹が立った。腹が立つと、正直に目つきが険しくなる男であった。 西郷は、そういう権兵衛を、おもしろそうにながめていたが、やがてテーブルごしに身を乗り出してきて、 「山本サン」 と、小さな声で言った。 「私が海軍のことが分かるようになると、ミナサン、お困りになるのではないかな。私は海軍のことが分からない。ミナサンは分かる。ミナサンがよいと決めた事を、私が内閣で通してくる。それでよいではありませんか」 第三次伊藤内閣のころのことである。 閣議があって、そこに海軍省から膨大な予算の
「海軍拡張計画案」 というのが提出されている。 二億円という、途方もない金額である。 伊東も渋面をつくっていたが、当の大蔵大臣の井上馨
はにがりきってしまい、 「西郷さん、どうもあんた、真面目にやってもらわねば困る」 と言った。 西郷は、どんな意味だえ、と聞くと、井上は声をあげて、こんな馬鹿な予算請求があるか、二億円とは何事です、と言った。西郷も負けずに大声をあげて、 「井上サン。ああたも伊東サンも、ご同様に海軍のことはおわかりにならん。そういう仁に海軍のことを話しても無駄というものです」 と言った。伊藤も井上も大いにむくれ、われわれが分からぬから、海軍大臣たるあなたはそれを説明する必要があるのではないか、と迫ると、西郷は、アッハハハと笑い、 「じつはわしも分からん」 と言った。みなあっけにとられていると、西郷は、海軍には少将ながら山本権兵衛ちゅうのがおる。この男をあとで参上させて説明させます、と言った。権兵衛が、これらの閣僚に存在を知られるのはこの時からである。 |