しかしこの風景を見て、日本人のつらさをぼやいているだけが能であるまいとも思い、 「せめて、道普請
でもしましょうか」 と、好古は言った。 道路を広げるのである。広げるだけでなくカマボコ型につくって排水をよくし、道のまわりには陽よけの街路樹を植えれば、わずかでも街として見られるであろう。 「しかし、予算などありませんよ」 と、領事伊集院彦吉が言った。 「いや、いいです。ちかく私の隷下れいか
に工兵が一個小隊入ります。工兵にやらせれば、まあただ・・
です。日本人は、金より体をつかってなんとかやってゆく以外にありません」 数日して、工兵小隊がやって来た。小隊長は中柴末純中尉である。 彼らは、広島から来た。天津に上陸し、白河はつか
のほとりで露営し、小隊長の中柴中尉のみが好古に申告すべく司令部をめざした。 司令部といっても、急造のバラックである。 このあたりは海光寺という寺のあったところで、その広い敷地を中国から借り、ここに司令部と兵営が建てられるはずであった。 「秋山司令官どのは?」 と、中尉が、司令部の曹長に聞くと、いま領事館の方にいらっしゃる、という。 中尉は、領事館庁舎へ行った。ここは以前からある建物で、まずまずイタリア領事館ほどの建物である。 入って中庭に面したところが大広間になっている。中庭に陽があたっていつため、ソファにもたれている人影が黒い。騎兵長靴をはいた脚が、ソファの横にはみ出ている。 騎兵長靴は、むかいの平服の人
── あとで伊集院領事であることがわかった ── としきりに話している。 「工兵中尉中柴未純ただいま到着いたしました」 と、中柴は赤い絨毯じゅうたん
の上で直立不動の姿勢をとった。騎兵長靴がゆっくりと立ちあがったとき、中柴は一瞬、迷った。西洋人の将校かと思った。が、将校はすぐ、 「私が秋山じゃが」 と、のんきそうな声を出した。あとはじつに簡潔で要領のいい挨拶をした。 「貴官を待っていた。世話になる。明日にでもくわしく話そう」 と言い、大きな目をわずかに細めた。隆たか
い鼻、赤い頬、そして髪がやや茶っぽい。というより、その茶っぽい髪もほとんどなく、前頭部は帽子で蒸れるのか禿ている。齢は四十を過ぎて二つ三つというのに、ずいぶん早い。 その翌日、司令部に行くと、好古は係官を呼び、日本租界についてのいっさいの図面を中柴に渡させた。 |