満州。 アジア大陸の東部に位置するこの広大な山河ほど、古来、多くの民族の興亡を重ねた地域は少ない。 古いころは、漢民族の領域ではない。 漢民族にとって不可解な心と言語と習慣を持つ民族が、ここにいた。この言語はおそらくウラル・アルタイ系に属し、日本語もまたその縁類につらなっている。 漢民族はこの不可解な連中を呼ぶのに、紀元前は、 貊
?わい などと呼んだ。貊というのは豸というムジナヘンがついている。漢字のおこりからいうと、ネコが背を高くまるめ、息を殺してネズミをねらうカタチをとったもので、そういう連想から豺やまいぬ
、豹ひょう 、貂てん
といったたぐいのものの文字が出来たが、中華民族にとっては、文明の外にいる野蛮人がいかにも半獣的なものに感じられたことがおもしろい。ついでなから日本人というのは
「倭わ 」 と呼ばれる。体格上の印象として姿勢がシャンとしておらずなんとなく小さくてひねこびているさまがこういう文字になったようだが、それでもニンベンがついているだけでも幸いとしなければならない。貊は騎馬民族で、狩猟や牧畜をやり、?はサンズイがついているように、海のほとりで漁撈ぎょろう
をして暮らしていた。 その後、満州は漢民族の帝国の版図になったり、離れたり、ときには高句麗こうくり
や扶余ふよ といった部族連合国家が生まれたりしたが、やがて七世紀の末、唐のころ、南満州に本拠を置く渤海ぼっかい
国が生まれ、平安時代の日本と国交を持ったりした。このころの民族名は、漢民族から靺鞨まつかつ
と呼ばれていた。革ヘンである。 はるかにくだって、民族名が女真じょしん
と呼ばれるようになったころ、金帝国が起こり、やがてそれも衰亡し、満州はモンゴル人の元帝国の支配下に入り、それにつぐ明みん
帝国もここを支配下に置き、明が衰えると、満州にいた女真族が興って中原ちゅうげん
に侵入し、明を滅ぼし、清帝国をたて、その清が日本と日清戦争を起こすにいたる。 清の王室は、漢民族にとっては蛮夷である女真 ── ツングース人種 ──
だが、彼らにとっては満州が故郷であり、その地を神聖視してきたが、十七世紀の後半以来、今までとは全く違う異民族にこの地が狙われることになる。 ロシア人である。 この種族は、十九世紀後半以来執拗しつよう
に侵略をくりかえし、すでに黒竜江以北、ウスリー江以東を奪い、ついで関東州を取った。さらに義和団事件によって全満州を得ようとしている。 |