小村は、すでに新渡戸の
「武士道」 も読んでいたから、米国人からこの書物について聞かれてもべつに戸惑わなかった。 「日本の光は、武士根性である」 と、小村は真之にも言った。 「同じ東アジア人でもシナの長所は商人根性である。これもすぐれている。この両民族が協同し、その長所が生かされれば、はじめて東アジアに平和がくるし、人類の幸福が保証される」 次は、英国観。 「秋山君は、イロコワというインディアンの一種族を知っていますか」 と、ある日、小村は聞いた。 「いいえ、インディアンのことには詳しくありませんが」 と真之が言うと、小村は説明しだした。 十七世紀後半のころ、北米の大草原で互いに領土と権利を争っていたのは英と仏であった。 彼ら白人はともに、原住民であるアメリカ・インディアンを敵としたが、しかしじかには争わない。インディアンが多数の種族に分かれて互いに抗争している点を白人たちは研究し、彼らの一方に利を与えて他の一方と戦わせた。 彼らは銃器と強い酒を喜んだために白人たちは惜しみなくそれを与えた。 「インディアンには理性的判断力というののがきわめて薄く、それにひきかえ感情が豊で部族愛が強く敵を憎む力がさかんであり、名誉心に富み、かつ戦いを好み、いったん戦いを始めれば互いに亡びるまで戦いをやめない。英も仏も、この習性を利用した。彼らにとどめなく銃と酒を与えた。とくに英人は巧妙で、彼らはインディアンの中でもイロコワ族が最も勇敢で侠気に富んでいることを知り、これに利をくらわせて自分と同盟させ、この種族の力を借りて北方では仏軍の南下を防ぎ、さらには西部のインディアンを平らげさせた。インディアンはこのように互いに抗争して殺しあったため、十七世紀後半に北米にいた百八十万のこの有色人種が二世紀半たった今では煙のように消えてしまった。自滅したのです」 「これが」 と、小村は言う。 「英国の伝統的なやり方です。ひるがえって東アジアを見るに、シナをめぐって英国の既得利権・利益を、いまロシアとフランスが侵そうとしている。英国としては是非東アジアにイロコワ族を見つけたい。──
それが」 「日本でしょう」 「左様、日本です。英国は日本をイロコワ族として使おうと考えている。今彼らは真剣に研究中です。ところでわれわれは長い国運という観点からっみて、ここは一番、東洋のイロコワにならざるを得ぬ時期が来ています。相手の魂胆を知りぬいた上でここは一番、イロコワにならざるを得ない」 このとき小村はのちの日英同盟の構想を暗に語っていたのであろう。
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