〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-X』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(二)
 

2014/12/24 (水) 

米 西 戦 争 (十三)

この海戦の結果から見て、その勝敗についてはこういう理由が引き出せる。
まず、
「アメリカ艦隊の砲数の優越」
と、真之はその報告書に書いている。砲数の差ということが、勝敗の決定的理由になった。
しかも、黄海海戦で世界が認めた艦載速射砲の威力においては、アメリカが断然すぐれている。アメリカ側のは 「みな新式鋭利」 のものであったが、スペイン側の主力艦三隻に積まれたホントリア式十四サンチ速射砲は速射砲という名ばかりの劣弱な機能しか持っていない。
右のように両軍の砲数と砲の機能から見て、一定の時間内に発射される砲弾量はスペイン艦はアメリカ艦の三分の一に過ぎない。これが、勝敗を決めるもっとも重大なもとになった。
次は、命中させるための 「距離簡素器」 である。アメリカ艦は新式のものを用いていた。
「射撃の巧拙は、両軍ともすこぶる拙劣である。しかし米軍は実弾練習量において勝り、右の測定器のために照準においても勝っていた」
真之はさらに、両軍の発射量を概算し、それによって命中度を算定した。
彼の計算によればアメリカ側は百発に二発、スペイン側は百発に一発。
さらに、士気。
「スペイン軍人は風紀敗頽はいたい して、開戦の時はすでに元気が衰耗していた。さらにスペイン人の固有の気質として、ラテン人種の民族的遺伝によるものか、一時に熱中してもただちに冷えるという困った性質を共有している」
「米艦隊の士気は」
と、言う。
「戦勢が最初から有利であったから、しだいに旺盛へ向かって行ったようである。有利と見るや勇進するのは米人の特性である。個人的勇気の例は、猛火に包まれたスペイン艦から敵であるはずの負傷者を救い出したこと。またこれは勇気というよりもやや軽率な部類に属するが司令官みずから敵艦を拿捕すべく向かったこと、などである」
「火災のことであるが」
と真之は言う。
「アメリカの軍艦のほとんどは黄海海戦のあとで艤装された新型のものである。当然、右海戦の戦訓が取り入れられ、火災については十分の配慮がなされている。つまり木材の部分が少ない。このため小火災が起こったのはアイオワ一艦のみである。これにひきかえスペイン軍艦は敵に比べてやや旧式で、造作に木材を使っている部分が非常に多い。さらには蒸気管がやられた艦が多いが、それについての十分な保護が構造上なされていなかったためである」
「これについてスペイン軍艦の一将校が小官に語ったところでは」
と、アザール少佐らしい士官の談話をはさんでいる。
「黄海海戦の戦訓にかんがみて火災の起こるべきことはスペイン海軍も知っている。このため出港前に木材の家具や部分を海に捨てたが、しかし元来の構造上木材が多かったからどうすることも出来なかった」

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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