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清 戦 争 (四十四) | ──
たれもが騎兵を理解しない。 という悩みが、好古にある。 「騎兵の特質は何か」 ということを、好古は後年、陸軍大学校で講義した時、講義の最初にその命題を掲げ言い終ると、かたわらの窓ガラスを拳固
で突き破った。 ガラスがみじん・・・
に砕け、その破片が好古の手を傷つけ、血を葺き出させた。が、ヒッデンブルグの相似形といわれたその顔つきを少しも変えず、 「これだ」 と言った。 なるほど、その通りであった。 騎兵は、歩兵のようにくぼ・・
地にもぐることが出来ず、地上に高々と肉体を露出している。このため容易に敵の銃砲火を受け、全滅する例も戦史にはざらにある。その意味では、はだか身でしかも素手すで
である。 が、いかなる兵科よりも機動性に富み、その機動性を利用すれば、敵の思わぬ場所と時機に出現する事が出来、きわめて効果的な奇襲に成功することが出来る。古来、多くの名将はこの騎兵を戦略的に使って敵を奇襲し、潰乱かいらん
させた。 要するに、戦術的兵種というよりもきわめて戦略的兵種として見るべきであり、戦場の推移を常にするどくしかも大局的に見ることが出来る将のみが騎兵を使用し得る。 しかも、騎兵は集中していなければならない。一騎々々は弱いが、これを密集させてよき戦機に戦場に投入すれば信じ難いほどの打撃力を発揮する。 「打撃」 それを、好古はガラスをぶち破ることによって示した。が、その素手は傷つく。騎兵もまた打撃を発揮したあとその戦場で全滅するかも知れない。しかしそれは戦局を一挙に好転させるための全滅であり、作戦家はためらいなくそれをやるべきである。しかし凡庸な作戦家の手にかかっては、騎兵はただ全滅するだけの事である。 そういう啓蒙を、好古は下級士官の頃から上級者に説きつづけた。 それでも、容易に理解されない。 今度、戦時編制で第一師団長山地元治の下に入ったとき、好古はこの片目の将軍に献言した。 「ばらばらであってはなにもなりません」 げんに、他の師団ではせっかくの騎兵大隊をばらばらに細分化してそれぞれの歩兵部隊に付け、戦術的協同をさせている。せっかくの戦略兵科がこれでは玉を砕いて用いるようなものだ、と言った。 要するに、師団直属にせよ、と言うのである。山地元治は、この献言を容れた。 そのため、第一師団のみは秋山大隊は独立集団になった。さらに防御力の弱い騎兵のために歩兵一個中隊を好古の指揮下に入れ、秋山支隊と呼ばれる単位にした。 好古はそういう体制で、戦場を旅順要塞に向かって進んでいる。
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