「つらつらトルコ士官の様子を見るに」 と、当時比叡に乗っていた時事新報特派員野田正太郎が、そういう文章を新聞に送っている。 「口ひげの色うるわしく、顔色あえて黒からず。新調の服を着け、従容
として座せるさま異郷薄命の客とは見えず」 双方、言葉が通じない。このため通訳を神戸で雇った。レビーというルーマニア人で、神戸で酒屋をしていたが、トルコ語と英語に通じているというのでとくに乗せた。 士官は士官室に入れ、日本の士官と同じ扱いをした。下士官と水兵も艦の下士官・兵の居住区に入れ、掃除その他の勤務はさせなかったが、食事の始末だけは自分でさせた。 十一月一日、シンガポールに着くと、この地にいるトルコ人の有志や回教の僧侶たちが艦にやって来て、同国人から集めた寄付金を彼らに渡した。 金は、相当の金額であった。奇妙であったのは、彼らトルコの士官・兵の代表はそれを取りまとめ、比叡の一番隊長坂本一大尉のもとにやって来て、 「これを日本側において預かってもらいた」 と、懇願したことである。坂本大尉は、 「それはすじちがいではないか」 と、ことわった。金はトルコ士官に預ってもらうべきであり、わざわざ日本士官に預けることはあるまい、と言うのがその理由であった。が、彼らはかぶりを振った。 「あなたはトルコの実情を知らない。トルコでは士官をはじめ支配階級はすべて腐敗しきっていて、これほど信用できぬものはない。彼らに金を預けることは盗賊に金を預けるようなものだ」 と言った。 坂本大尉はやむなくそれを預ることになり、帳面をつくり、金額を書き入れ、預った。この挿話ひとつを見てもトルコ帝国の秩序が相当腐敗していることを一同は知った。 坂本大尉は、トルコという国の社会制度に興味をもち、余暇を見ては士官たちに質問した。 それによると、階級はある。貴族と庶民に分かれている。その貴族というのもヨーロッパのように強靭きょうじん
な世襲せしゅう 階級を構成しているものではなく、庶民でも実力があれば貴族になることが出来る。たとえば農夫の出身でも首相の位置にのぼることが出来るが、首相の職は世襲出来ない。この点、トルコの社会は日本とよく似ており、いわば無差別社会である、などということを知った。 「この点、我々はロシア帝国よりすぐれている。ロシアは貴族以外の階級の者は士官になれないが、トルコはたれでも一定の能力があれば仕官になれる」 ただ坂本大尉の観察ではトルコ士官は自分の下士官・兵をいっさいかまいつけず、まるで他人のようであり、無視しきっていた。 この点ちょっと理解し難い連中だ、と坂本は真之ら候補生に語った。 |