〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-V』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(一)
 

2014/10/10 (金) 

真 之 (五)

少年の頃の性行は、必ずしもその少年の将来を占わない。
が、将来への芽生えを示す場合も、ときにはある。真之は、手のつけられぬ餓鬼がき 大将であった。
十二、三のころ、いつも桜井真清さねきよ という八つのこどもを秘書のようにして連れて歩いた。真清の家は、近所であった。ちなみにこの幼童はのち餓鬼大将の真之にまねて海軍に入り、少将にまで進んだ。真之はある日この幼童の家で遊んでいた時、花火の火薬調合書を見つけ出した。桜井家は旧藩のころ火術方をつとめていた関係で、その家には岩戸流と宇佐美流の伝書が秘蔵されていたのである。
「これで花火を作ろう」
と真之が言い出し、付近の子供を集めて来て製造にとりかかった。真之は、子供たちにそれぞれ係をつくり、硝煙を集める役、木炭や硫黄いおう薬研やげん る仕事、紙を切る役、 る役などを決め、何日もかかって何発かの打ち上げ花火玉を作った。さらに花火筒も作った。
ところが、これは法度はっと になっている。花火業者が打ち上げるにしても警察に届け出ねばならず、届け出れば場所を指定し、警官立会いの下で打ち上げられる。
「見つかれば私刑ぞな」
と、子供たちの中で渋る者があったが、
「かまうものか。おまわりを相手に勇気をきたえるのだ」
と、真之は、子供たちを元気づけた。ある日、真之は日が暮れるのを待ち、十三、四人の子供を町はずれの野に集めた。真之にとっては花火作りよりも警官を相手にいたちごっこをするほうがおもしろかった。
「もしおまわりが来れば」
と、彼は子供たち一人々々に逃げるための別々の方角を指示し、持って逃げる道具も役割を決めた。八つの桜井真清は、火薬箱を持って逃げる係であった。
「真清、もし追わえられ・・・・・ たら、かまわんけれその火薬箱をむこうのごぼう・・・ 畑に放り込んでお逃げ」
ごぼう畑は葉が大きい。そこへ物を放り込んでも葉がそれを隠してしまうだろう。
いわば、戦術であった。
どかぁーん
と 「流星」 という花火が上がり、町のひとびとを驚かせた。何発も上がった。そのうちにおまわりが駈け込んで来たが、真之らは闇に紛れて逃げ散ってしまった。
ある日、警察では多人数の警官をそろえ、子供たちの挙動を昼から偵知し、彼らが野外に集まった時、それをこっそり包囲していっせいに突進した。このため子供の半分はつかまってしまたた。
真之は逃げた。
が、元凶げんきょう である事は子供たちの自供で知られてしまったから、警察が秋山家を訪ね、厳重に説諭せつゆ するよう申し入れた。
「私も死にます。おまえもこれで胸を突いてお死に」
と、平素おとなしい母親が短刀を突くつけて真之を叱ったのは、この時である。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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