試験が始まった。 作文の考査である。好古は、さきに願書を出した時作文があるということは寺内正毅大尉から聞かされなかった。 ところが早耳のあの丹波人本郷房太郎が薩摩の受験生から聞いていて、 ──
作文もあるそうじゃ。 と、耳うちしてくれたのである。 「漢文か」 と好古は聞いたが、本郷はそこまで知らない。とにかく好古は、 (ヤッカイゃな) と思った。御一新のごたごたで正規の藩校教育も受けていない好古は、作文など書いたこともない。 「作文というのは、どういうものじゃ」 と、本郷に聞くと、このいかにも秀才らしい若者ですら言うことがとりとめなかった、 「わしも書いた事がないが、もし和文ならば、漢文の訓
みくだし文のようなものを書いておけばええじゃろう」 そんなことで、試験を受けた。 正面に、題が貼は
り出されている。 「飛鳥山あすかやま
ニ遊ブ」 という題であった。 好古は、何のことか分からない。アスカヤマという山がこの世にあろうとは夢にも知らないのである。 飛鳥山とは上野隅田川すみだがわ
堤とならんで東京における桜の三大名所なのである。山といっても丘のようなもので、ふもとを音無おとなし
川がめぐり、頂いただき を歩けば荒川の流れをのぞみ、国府台こうのだい
や筑波山つくばさん を見ることが出来る。東京の者なら子供でもその地名は知っているであろう。 が、好古が知るわけがない。 (こりゃ、山の名ではあるまい。飛鳥ひちょう
、山ニ遊ブ、と読むべきではないか) そうだと思い、そう思うと急に勢いが出てきて書きはじめた。 「余ガ故国伊予ニハ名湯めいとう
アリ、道後どうご ノ湯ト名なづ
ク。湯ノ里ニハ山アリ、山容ナダラカニシテ神韻しんいん
ヲ帯お ブ。古いにしえ
ノ河野氏ノ城址じょうし ナリ」 というところから書きはじめ、その山に鳥が大喜びで遊んでいるという描写をした。 とにかく時間いっぱいで書き上げて校庭に出てみると、桃太郎のような顔の本郷がぼんやり立っている。どうした、と聞くと、
「えらいことをした」 と本郷は言う。本郷も飛鳥ひちょう
の方であった。 「ところが出て来て、長州の連中が話しているのを聞くと、あれは東京の地名じゃそうじゃな。アスカヤマと読み、鳥で無の
うて人間が花見で遊ぶという題であるそうな」 「なぜ長州の田舎者がそれを知っている」 「それはおまえ」 長州の連中は早くから先輩を頼って東京に出て来ているから市中の様子を知っている、だから得をした、と本郷は言った。 (田舎者は来るなということか) その出題から考えればそうであろう。出題者はひょっとすると旧幕府の儒者で、田舎者をばかにしているのかも知れなかった。 |