〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-V』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(一)
 

2014/09/26 (金) 

春 や 春 (十四)

「一種名状しがたいかな しみがあった」
と、秋山好古は、晩年、こんころのことを想い、わずかに洩らしている。青春というものは通常陰鬱なものかも知れない。
話し相手といえば、校長と寺男だけであった。好古は最初、校長を姓で呼んでいたが、
「礼の無いのもはなはだしい。わしをなぜ校長先生と呼ばぬ」
と、彼は強要した。好古は内心そんな馬鹿なことがあるかと思った。べつに師でもないのに先生と呼ぶ必要があろうか。
「やはり、呼ぶべきでしょうかの」
と、なまぬるい松山弁で言った。校長は、不機嫌そうにうなずき、
「念を押すまでもない」
と言った。そのあと、校長先生と呼ぶことにしたが、校長はある日、
「聞くが、君は何のつもりでコウチョウ先生と呼んでいる。どういう文字を書く」
と言うから 「校長先生」 と書くと、いいやと大きくかぶりを振り、こう書くのだ、と言って石盤せきばん に、
「紅鳥先生」
と、四つの文字を書いた。どういうつもりでこんな事を言い出したのか、好古には不可解だったが、とにかくそれがわしの雅号で、雅号で呼ぶのが礼儀だ、 「左様心得てもらいたい」 と言うのである。
(そんな礼儀があるものか)
と思ったが、しかしおん は同じだから、以後はコウチョウを紅鳥のつもりで呼ぶことにした。そういえば校長はどこやら鳥に似た顔をしていた。
紅鳥は妙なところがあった。ひとにも、
「あれは私の門人です」
と、好古のことを言う。
あるとき好古がたまりかねて抗議すると、
「君はそうだからいけない」
と、言った。
門人なのだ、と言う。小学校というのは日本風に言えば塾である。塾に師匠というのはただ一人だけであり、他の教師は師匠のかわりをつとめる師範代であり、門人にかわりはない。
(ばかな)
と思い、 「公立小学校というものはそういうものではありません。それとも長州がそのように決めたのですか」
と、思い切って言ってやった。好古は一種のコ人で、こういう皮肉たらしい言い方をしない男だったが、このあたりが若かった。
さらに言った。
「長州が政府を私物視し、校長が公立学校を私物視することになれば、日本はどういうぐあいに相成りましょう」
「君は」
校長は、右手の扇子を大きくふりあげておのれの左掌ひだりて をはげしく撃った。
「乱臣賊子だ」
好古は めてしまおうと思ったが、国を出るとき父から言われたことを思い出した。
「世間にはいろんな人間がいる、笑って腹中に呑みくだすほかない」
呑みくだす気にはなれなかったが、珍物として敬遠しようと思った。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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