「・・・・・・」 鷲ノ尾三郎は、見とれていた。 遠い夜空の光焔
の、美しさに。 ここは束稲山たばしねやま
か、陣場山か。鷲ノ尾は、考えてみたが、愚であった。 あの炎の下から、無我夢中で落ちのびて来たばかりである。ここの峠で、腰はおろしたが、まだ現うつつ
は我に返っていない。 そのせいだろう。持仏堂も小舘も、一炬いっきょ
としてしまったかなたの丘の火が、彼には、ぼんやり無感情にながめられていた。 泣いても泣ききれないほど悲しいはずのその焔が、 「・・・・アア、きれい」 と、叫びたいようなものに見える。 熱い火とも、思えなかった。冷たい、このうえもない寂しずか
な光としか、彼の胸には映じて来ない。 そのうちに、思うともなく、 「弁慶どのは、どうしたろう?」 泡あわ
つぶのように、頭に泛うか ぶ。 ──
が、つかめない。伊勢どのは、亀井どのは、たれたれはと、順々に考えてみるが、火の降る下で、追っつ追われつしていた人影が、幻覚としてあるだけだった。 いや、分からないといえば、彼にとって、もっと分からないのは、年来仕えて来たお人の心と、武門というものの勤めであった。 鵯越ひよどりご
えの合戦のさい、義経の道案内を勤めたのが縁で、山家やまが
育そだ ちの、何も知らぬ小童こわっぱ
が、家臣の中へ拾われて、足かけ五年、童わらべ
武者として、おそばを離れず、仕えて来たものだった。いやお主にも、たれからも、可愛がられて来た果報者といっていい。 ── が彼には、今夜のお主の最後の言も、堀川立ち退き以来の事情も、すべて、のみ込めなかった。それは、戦いくさ
の禍わざわ いを起こさせないためかもしれない。だが、彼の常識では、戦は武者の職と知っている。なぜ、こんなにまで、無抵抗を通し、歯がゆい初一念のまま、死をも享受きょうじゅ
しなければならないのか。お主のいう、正しき武門が立たないのか、それがよく分からない。 正直、彼はがっかりした。つまらないものだと思った。こんなことなら、百姓や商人の方がまだしもであると思う。故郷の山へ帰って、木樵きこり
でもした方が、どんなに増ま しか。 「・・・・・そうだっけ」 彼は以前、駄五六だごろく
という雑兵を知っていた。その駄五六が、自分へ言ったことがある。 「── なに、武者のなれたのが、うれしくてたまらないって。ばかだなアおまえは。武者って、どんなものか、知らねえからだ。いまにみろ、生まれ故郷の山家が、どこよりなつかしい所になるから」
と。 ── そこまで、彼の思惟が、我に返って来ると、彼は両手で抱えていた頭を上げて、もういちど、遠くの焔ほのお
を飽かずながめた。 |