〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-U』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十六) ──
吉 野 雛 の 巻

2014/08/27 (水) あだゆみ (二)

義経は白絹の小袖こそで の上に、 の胴巻だけをよろい、弓を って、月見の台に出ていた。
この楼台うてな は、以前住んでいた民部少輔基成が、月見のらん とよんでいた広床ひろゆか だった。
脚下はがけ に臨み、束稲山から衣川平野が一望にながめられ、後ろには、金鶏山きんけいざん中尊寺ちゅうそんじ の低い山々が、美しい をかさねている。
── が、今はそれも仰がれない。朝夕に見馴れた視界の何物もない。闇一色いっしょく のうちに、霧のような血を含んだ戦風がここを吹きめぐ るだけだった。
「時か」
と、彼は観念の底につぶやいた。
いつかは来るべきもの。
すでに、今夜のきざ しは半年も前からあった。 「── いつ、万一の変があろうも知れぬ」 とは、彼にも予測されたいなかったわけではない。
秀衡の亡きあとも、その遺命を守って、義経の唯一の同情者であった泉ノ三郎忠衡は、去年の暮れ、殺された。
下手人は、兄の泰衡やすひら だとは、世間にまでかくれもない。
その泰衡はまた、年を越えた二月、末弟の錦太郎頼衡よりひら をも、殺した。── そのころから、もう泰衡の異心は、あらわれたあったのだ。
院や鎌倉の圧迫に耐えかねて 「背に腹は代えられぬ」 とする方針に決し、義経を討つに邪魔な者から除き始めたのである。
義経の侍臣たちは 「ここも危地」 と見。また 「── 弟を殺すほどな泰衡、しょせん、頼みに出来るお人ではない」 として、あの策、この策と、主君への献言も、一再ではなかった。
ふたたび、都へ帰って、再起を計るか。
さもなくば、われから伽羅御所を急襲して、泰衡をちゅう し、令を いて、一族の向背をたしかめ、従わぬ者は、これを討って、関東との境まで出で、御運命を けての打開をこころみるか。
── もしまた、それもお心にそむくものなら、最後の手段に過ぎぬが、泰衡が暴挙に出ぬまに、ここをだつ して、やく をのがれる道をとるしかない。
以上三ツの策、今ならえら ぶことも出来るが、もしこのまま、日をお過ごしあらば ── と、おりあるごとに、彼らは義経へいさ めていた。そればかりでなく、承意や仲教など三、四の者は、家臣だけの協議のもとに、密かに都へはし って。義経をふたたび中央へ迎えんとする下支度までしていたのである。
しかし義経自身は、心ひそかに、
「この地に、秀衡殿も亡き今は、なに長らえて」
と、近ごろはもう、ある観念に徹していた。
家臣らのすすめる三つの策は、そのどれも、行えば行えぬことはあるまい。けれど、これまでの忍従は何のためか。
いま、義経がまた、都へ帰れば、都は再び、戦争前夜の様相をよびお越し、諸民の迷惑はひと方ではあるまい。
急に泰衡を攻めて、奥州の指揮を握り、関東の兵と、対峙たいじ するなどは、なおさら思いもよらぬことだ。── では、ここを逃げて、北の果て、氷の海の極みまで、落ちるとしたら、どうなのか。さまでは惜しい命かと人も笑おう。また幼い姫や、その母の百合野も、ここへ捨ててゆかれぬ。
「しょせんは、何もかも、義経に与えられた天命というものか。天意ならば、死のうもよい。その死が、天に辱じぬなら、義経が本心、また世への祈りも、いつかは、あの兄にも通じるであろう。世の人びとも、受けてくれよう。いや、後世ごせ 永劫とこしえ に、わか らぬとされてもいい。自分に悔いはないものを」
今も彼は、思いを、しずかな眉にすえていた。なんら動転どうてん の色はない。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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