が今、見ても。 一見して知れるような泰家でもない。 しごく凡庸
な常識家かとも見えるし、炯眼けいがん
、油断のならぬ沈剛ちんごう な人かとも、惑わせられる。清洒せいしゃ
な狩衣かりぎぬ 、大口袴おおぐちばかま
、烏帽子えぼし という姿は、いたずらに、威を飾っているのでもない。 ただ、今日の吟味には、どかっと、腰を据えているらしい容子は、確かに見える。 色の浅黒い、そして、眉から鼻梁びりょう
の辺にも、北国の名族らしい気品を備えた面に、それが、ほの紅い意志の色を呈していた。 弁慶は、見てとって、内心 「── これは安からず、たやすくは、騙たばか
りえまい」 と、ひそかな腹をかためずにいられなかった。 そこへ、床几しょうぎ
や、莚むしろ を皆へ頒わか
って、番将の種次が、一同へ、 「いつにない、お扱いぞ、先達は、床几につかれい」 「かたじけのう存ずる」 弁慶、承意、仲教の三人は床几に、あとの面々は、おのおの金剛杖こんごうづえ
を横に、むしろの上へ、あぐらをくんだ。 まず、弁慶は床上に一礼して、 「かく、お扱いを賜わるうえは、なんなりと、御法に順したが
って、神妙にお答え仕らん。先を急ぐ旅には候わねど、陽ひ
も高いうちに、手取川までは参りとう存ずる。いざ御吟味を」 と、催促した。 泰家は、うなずきを見せた。 「まず問うが、方々かたがた
は、いずこの優婆塞うばそく なるか」 「常住じょうじゅう
の地を問い給うか。われら修験には、定まれる家とて、おざらぬ。およそ天下の山沢大川さんたくたいせん、人なき雲表うんぴょう
といえ、つえの立つ所をもって家となす者。── なれど、里には、座主ざす
先達せんだつ の院家いんけ
、役室、諸房もあって、われらは大和葛城かつらぎ
に僧籍をおき、大峰に入ること三度、白山、羽黒にも修行を経たる先達せんだつ
にござりまする」 「御僧の、名は」 弁慶は、待っていたものを、吐くように、 「熊野坊俊乗と」申す者」 と、すぐ答えた。 熊野は、彼の出身の郷地、俊乗は口から出たままの仮名である。 すぐ、ことばを続けて、 「このたびの同行には、われら先達三名のほか、以下の平修験ひらしゅげん
ども、十名を連れておりまする。これなるは呵雲坊かうんぼう
、次なるを無憂坊と申す。── そのほか、順に名のらせましょうや」 「いや」 泰家は、さえぎった。 「いちいちには及ぶまい。まず、先達三名に、物申そう。見うけるところ、強力、童わらんべ
まで連れて、いと大形おおぎょう
なる旅の様、そも、いずこへ行かれるか」 「よくぞお訊たず
ねを。── それこそ、お訊ねなくとも、われより申し上げたい一儀にて候う。じつは」 弁慶はぬっと立って、泰家の座へ、その巨きな胸板を真向かいにした。 泰家も、きっと眉を澄ました。 けれど、弁慶を射たするどい視線は、泰家の眼光ではなく、彼に侍座していた僧形二人のものであった。それは、木蔭の蛇へび
が餌え へ向かって吐く妖気ようき
みたいなものを感じさせた。 弁慶は、思い当たった。かねて聞いていた里のうわさを。 関所には、修験者上がりの、二人の法師が抱えられている。山伏の吟味には必ず立会う。そして難問難題をわざと出して、偽そら
山伏か否かを、こころみる。もし、それに答えられぬか、無学や未熟の皮を剥は
がれると、仮借かしゃく なく、獄へ下げてしまうということをである。 ──
ははあ、その皮剥かわは ぎ法師だな。 眼のすみから、一瞥いちべつ
をくれて、弁慶は、おもむろに、口を開いた。 |