「・・・・南無三
、へんな法師に、すべてを知られてしまったものだ」 安達は、砂丘を降りて、町屋の方へ、戻りかけたが、そうも気にかかるし、後日の心配も、皆無とは、思えなかった。 「・・・・・法師みずから、決して、世間へ出して、しゃべりなどいたしませぬ、というてはいたが、人間の申すこと、どうしてそれに安心していられよう」 じつのところ。 安達は今夜、頼朝の君命を、裏切っていた。 しかし、彼が、静のふところから奪り上げた嬰児えいじ
を、小舟の上から、無慈悲に海中へ投じたらしい様子は、検視の者も、渚なぎさ
から確認していたが、しかし、投げ込んだものが、重石をかけた嬰児であったか否かまでは、たれも側で見届けていたわけではない。 ほどなく。 漕こ
ぎ戻って来た安達は、いかにも、ものすさまじい顔色をしていた。 それだけでも、検視の那通くにみち
たちは 「── 事、果たせり」 と、信じたものか、ひと足先に、帰ってしまった。 また、安達が乗り捨てた小舟には、安達が年来そば近く召使っていたいち郎党が、櫓ろ
を把と っていたのだが、その星影ばかりの暗い波間を、どこへともなく、漕ぎ去って行った。 ──
そも小舟が、まったく、見えなくなるまで、安達は渚なぎさ
に立っていた。 何か、小舟の行く果てを、祈るがごとく、守るがごとく、見送っていたのである。 彼が、静の姿を見かけたのは、その後だった。 ──
静は、海ヘ向かって長いこと念仏していた。やがて、砂丘へ上がって行くのが見えた。 そっと、安達が、その後から上がってみた時、すでに静は、小さい懐ふところ
ろ刀を右手にしていた。頼朝夫妻がくれた例の御衣おんぞ
を、わが子や良人おっと の仇あだ
と見、せめてもの恨みを、それへ、ずたずたに晴らしていた。そして自分も、みずから刃に伏そうとしていたのである。 安達が、すぐ、とめたのは、いうまでもない。 しかし、静がきき入れはしなかった。そのため、これだけは、天地にちかって、たれにも告げまいとしていた一事を、彼は、静にだけもらした。 ──
つまり、彼の手で、沖に沈めたものは、必ずしも、静が産んだ嬰児とも、他の子とも、限って考えなくてもよいのだ。それを糊塗こと
する手段も時間の余地も充分あったということを、それとなく言って、なぐさめたのである。 静は、生きる力を見出したに違いない。 まもなく、かの女は、この砂丘から、姿を消していた。かの女が、どう行ったか、どう生きて行くか、それまでは、安達の知るところでないし、また、知ろうとも彼は思わなかった。 磯ノ禅尼が、娘を探し求めて来たのは、それからだいぶ時過ぎてからであった。やがてその老母も、悄然しょうぜん
と去った後は、もう辺りに人なきものとばかり、安達は思っていたのである。── だから野宿の法師が、附近にいたなどは、まったく彼には意外だった。 |