「安達としたことが、いつまで、何を猶予」 書院の三名は、しびれを切らしていた。残暑の西陽
がたまらない。胸毛は、ふいてもふいても、汗になる。 「あちらへ、お座替えくだされませ。ここは、なんとも西陽のうちは」 老臣が来て、うながした。三名は、座を立ちながら、 「お主あるじ
は、どう召されたか。余りに長過ぎる。いちど、これへ呼んで来てもらいたいが」 と、仏頂面ぶっちょうづら
して言った。 すぐ、安達は戻って来た。疲れきった態である。一刻いっとき
あまりも、諭さと してみたが、静は、死んでも子は離さぬと嘆くばかり。自分も、もう全く気力が尽きた。たれか代ってくれと、彼は言う。 「はて、そんな嘆きを聞いてやるから、つけ上がるのだ。四の五をいわせず・・・・」 梶原景家かじわらかげいえが、舌打ちしてののしると、藤那通とうのくにみち
が、あわてて制した。 「いやいや、めったな腕立ては、せぬがいい。鶴ヶ岡では、諸人の讃仰をうけ、その舞に、涙を流した者も多い。また、御簾中からも、卯ノ花の御衣おんぞ
まで賜わっておる者。── それだけに、世上への外聞、気をつけて致せとの仰せだった。下手をしたら、落度とおしかりをうけようぞ」 手荒もできず、説得も効なしとすれば、何か、一と思案のほかはない。 いつか木蔭に、涼風が動きそめ、蜩ひぐらし
のわびしい声に、あちこちの灯が濡れる。 宵に入っても、灯影が見えないのは、木立の奥の一棟ひとむね
だけだった。── こなたの書院では、一応夕餉ゆうげ
の膳についていたが、梶原景家かげいえ
が、やがて言った。 「むむ、よい思案がある。磯ノ禅尼をこれへ呼び、とくと利害を言い聞かせ、老母の口から、静に因果を含ませたら、親思いな静、いやとはいい通せまい」 「なるほど、話せば話のわかる禅尼、あれなら脅しもきくし、欲にも動こう。──
それよ、それに限る」 まもなく、禅尼は呼ばれて来た。 そして、この策は、図に当った。というよりも、老母は鎌倉へひかれる前から、すでに、静とは、心の向きが違っていた。それも娘の行く末を思えばこそだが、
「堀川のころはもう昔の夢、いつまで、夢を見ておいででない。もいちど、君立ち川の灯に返り咲いて、母に安心させておくれ」 とは、おりおりもらしていたことだった。 だから静のお産を見ても、未来へかけて、判官義経のお子と期待する気もなかったし、孫として抱く愛着も生じなかった。むしろ当惑があっただけである。 「はい、はい。・・・・おまかけおきくださいませ」 老母は、一同のまえに、のみ込んで見せた。 「親には優しいあの娘こ
、まだこの年まで、わたくしに反そむ
いて、たてつき通した例ためし
はございませぬ。どのようにもいいきかせ、嬰児あかご
は、お手許へ差し上げまする」 自信を持って、老母は産屋へ戻って行った。 |