「はははは、もういい、もうよせ」 「何が、おかしいんです、あなたは」 「何も分からない円までが、ベソをかいているじゃないか」 「お暇をください、わたくしに」 「おや、その年になって、今さら、どうするんだい」 「そんなどころじゃありませんよ。あなたは、平気でいられるでしょうが、わたくしには、麻丸が悪徒の仲間へ落ちて行くのを、見てはいられない。都じゅう歩いても、あの子を探し出すんです」 「それはむだだろう。広い都の中」 「いいえ、東寺
の界隈かいわい 、羅生門、東山の八坂やさか
ノ塔とう など、浮浪たちの巣を、探し歩けば」 「ま、お待ちよ。無理はないが・・・・」
と、麻鳥は、妻も誘って、裏の濡れ縁に、腰かけた。しきりに、さっきから、親の反省を、彼自身は抱いているふうだった。 「そういわれると、わしは辛い。わしも世の大人の一人だ。麻丸ばかりでなく、近ごろ、都の内には、長い戦いのちまたあが生んだ悪童が、党を組んで、仕たい放題な悪さをやっているそうな。とはいえ、保元、平治以来、大人どもが演じたことにくらべれば、まだ小さい小さい、児戯の反抗・・・・」 「そんなこと、どうだっていいじゃありませんか。わたくしはわたくしの子どもだけを、悪徒の仲間から連れ戻して来ればいいんです」 「そうはゆかないよ、おたがいの世間だからね。それでは、世間の持ち合いというものは、おしまいになる。こんな小屋でも、世間の中の一軒だから」 「じゃあ、捨てた気でいるんですか、麻丸を」 「とんでもない。あれを生んだわたしたちは、どこまでも、生んだ責任を持たねばなるまいさ」 「だから、わたくしが」 「まあ、お聞き。わたしたち大人に、愚痴を言わしてもらえるなら、まったく、えらい時代に、あいにく大人になったもんだよ。生んだ子に責任があるばかりでなく、生んだ時代にも、大人たちすべては皆、同様な責任があろうというものじゃないか」 「なに言ってるんです、あなたは。──
そんな考え方は、まあ、院の法皇さまが、第一になすったらいいでしょう。木曾の朝日将軍とか、平家の太政入道だじょうにゅうどう
どのの御一門とか、いい思いをなすったお人は皆するがいい。叡山の偉い大衆だの、奈良の喧嘩強い法師方も、その組かも知れません。・・・・だけど、あなたなどは、六位ろくい
の下げ にも、武家のハシくれにもなったわけじゃないでしょ。──
義経さまに請こ われて、壇ノ浦くんだりまで行ったのも、源氏平家を問わず、ただ、怪我人助けのためだったのじゃありませんか。あげくの果て、つづいているのは、この貧乏と、迷惑ばかり・・・・どうして、今の世間に、責任とやらを、負わなければ、いけないんです、わかりませんね、わたくしには」
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