それは、まだしも。──
ことし十五となる実子の麻丸まで、餓鬼の子の悪さに染まって、家を飛び出してしまったことだ。 この点だけは、なんともなんとも、申しわけない。・・・・ 「お詫
びのしようもありません」 と、額をすりつけて謝あやま
った。けれど良人は、その時だって、かくべつ妻を責めるでもなかった。子の裏切られたような、いかにも、辛い顔はしていたが 「・・・・ふウむ、麻丸も飛び出してしまったか。ひどいものだ、世の大人が悪い時に、子どもだけがよくなりっこはない。わしたち夫婦にも、まだ、何か足りなかったんだろうなあ、まして、ひとの子が、散ってしまうのは、無理もないわ」
と、ぼそっと、つぶやいたに過ぎなかった。 けれど、それからの良人は、よけい鈍どん
になって、ただただ、憂さを忘れようとしている人に見える。 一つには、判官さまの末路も、ひどく、良人のばか正直には、こたえたものにvひがいない。 「あのお方だけは、武門にせよ、お人がちがう」
と、口癖のように、賞ほめ め称たた
えていた人が、今は天下の科人とがびと
とよばれ、凶悪な火放ひつ け物盗り同様、物すさまじい追捕ついぶ
に追われているのを見 ── 「ああ、世の様も、人の道も、わけが分からなくなって来た」 と、ある日、うわ言みたいにいい放つ姿を、机の前に見ることもあった。 「ええ、じれったい人」 と、かの女は、壁のように物いわぬ良人の背へ、ついに、しびれを切らして、 「いっそ、浮気でもする良人なら、さっぱり切れることも出来ように、憎めもせず、喧嘩けんか
相手にもなってくれず、なんてまあ、つまらない、名ばかりの亭主だろう」 腹いせに、こうでも言ったら、眼はしら・・・
立てて、きっと、振り向いて来るかと思い、蓬は、わざと聞こえよがしにつぶやいた。 もし、良人が 「なにっ」 といって来れば、それだけでも、夫婦の味がするかも知れない。と思ったのだが、反応もないので、 「ああ、つまらない」 と、こんどは、本心から言って、腰を上げた。そして、 「こんな、つまらない一生こそ、たれか、掘り返して、盗んで行ってくれればいいのに」 と、たれへともなく、当り散らしながら、未練そうに、また、以前の納屋の前に立った。 |