覚悟していた吟味の日が来た。 白洲
ではなく、細殿の外の、広床だった。 時政は、円座えんざ
(敷物) にあぐらし、左右に武者をおいて、ぎょろと、静を一瞥いちべつ
したが、すぐ相好そうごう をやわらげて、 「そなたが、伊予殿
(義経) の妾しょう
の静しずか か」 と、型の如く、訊たず
ね、 「あらましは、吉野執行の届け出にてにて、知れておるが、一応、そなたの口から直じか
に訊き きたい。── 去月六日以来のことども、つつみなく、申し立てい」 と、かの女の裡うち
にうごく心の色を、じっと、見すましながら言った。 これまで、自分にも気づかずにいた自分が静の中に生まれていた。 「今日の吟味は、わが良人つま
のお身にとっても、一大事」 と、自分にもいいきかせてすわったとき知ったのである。 身は元、白拍子でこそあれ、判官義経どのと、二世を契ちぎ
った者。愛する良人おっと を、悲運から悲運へ追い落とした鎌倉の代人と、初めて、相見合う座でもある。 嘲わら
われまい。もし自分が世の嘲いをうけたら、なんぼう、わが良人つま
も口惜しく思おぼ されよう。──
わけて、対する北条殿は、頼朝公の奥方の父親とか。 「・・・・はい。何事も、つつみのう申し上げまする」 悪びれた風もなく、かの女は、こう自然に、もいちど、両手をつかえた。そして、時政の顔を見直した。白髪交じりの横鬢よこびん
から少し離れた皮膚に、松かさのような大きな老いジミがあった。時政は、かの女の眼に出会って、眼皺めじわ
の中のひとみを、ふと、眩まぶ
しそうにした。── うらやむべき麗人を判官は持ったものだ ── などと、このばあいに、あらぬ妄想もうそう
が、ふと彼の頭を過よ ぎり抜けていたのかもしれない。 静は、自分でもふしぎなほど、淀よど
みもなく、答えられた。 「・・・・なべてのこと、ただ、恐ろしい夢のようでございまする。大物だいもつ
ノ浦うら の風浪に、散り散りとなり侍はべ
り、その夜は、四天王寺の廻廊に夜を明かしましたが、わが良人つま
とは、それより前に、磯べで、お別れいたしました」 「後日の約束を交わしてか」 「はい。そのおりのお言葉には、一両日もせば、四天王寺へ迎えをやらん、もし両三日も過ぎてなお、迎えの者が赴おもむ
かぬせつは、義経の前途に、難儀の起こったものと思い、いずこへなと逃げ隠れよ、との仰せ。── それを恃たの
みに、ひたすら待ち侍はべ るほどに、やがて、迎えの家臣が見えました」 「むむ。そして」 「案内あない
の朗従に伴われ、道三日ほどを経て、吉野へ行きつつ、情けある一院の房に、五日ばかりは、良人つま
と一つに逗留とうりゅう しておりました。・・・・そして、やがてまた、別るる日が」 思わず、嗚咽おえつ
に負けそうになる。かの女の白い喉のど
くびに、息を嚥の む喘あえ
ぎがうごく。 |