〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-U』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十五) ──
しずか の 巻

2014/07/19 (土) ゆき  つづみ (二)

すると、さっきから、靜の方を、じろじろ見ては、何かささやき合っていた四、五人の山僧がある。そのうちに、ずかずか、寄ってくる様子だった。静は反射的に、ビクとして、起った。だが、幾足とも歩まぬ間に、取り巻かれていた。
「待ちなさい。どこの者だ、女性にょしょう は」
「は・・・・はい」
「はいではない。どこの者かとたず ねるのだ」
「ふもとの・・・・ふもと のの者でござりまする」
「ふもとの、どこか」
龍門りゅうもん ノ里から、お賽日さいじつもう でに、登って参りましたので」
「はあて?」
と、顔見合わせ、
「龍門ノ里なら、見かけたこともあるはず。見たこともないぞ、そなたのような美しい女子は。うそ であろう、よそお いも、ひな の者とはうけ取れぬ」
「いえ・・・・あの、都から来て、身寄りの者の家におります白拍子、嘘ではございませぬ」
「白拍子?」
山僧たちは、ひどく好奇な眼をしあった。
かの女の言葉の端が、いけなかった。 「白拍子なら、仔細しさい はないが」 と、うなずきながらも、放してはくれないのである。むしろ一ぞう執拗しつよう になって、
「ともかく、そこまで参れ」
と、人通りのない、一院の前栽せんざい の方へ、引っ立てられた。
もともと、単になぶ るのが目的だったのかもしれない。根掘り葉ほり、つまらぬことをなおただ した。まるで悪童の中の小雀こすずめ みたいに、かの女はおどおどしているだけだった。
それが、おもしろいのか、山僧たちは、げらげら笑っては、よい玩具おもちゃ にし始めた。そこへまた、若い堂衆やら神舎人かんとねり などまでが、
「なんじゃ、迷子でもないのか」
「どこの女子ぞ」
と、見世物のように、寄りたかって来た。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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