毎日毎夜、屋根は、降り積む雪だった。廂
には氷柱つらら のすだれが、溶けた日もない。 そして、昼も小さい灯を持つ帳の内には、静の裳も
と、義経の袖とが、重ね合う鴛鴦おしどり
の彩羽いろばね にも似て、焚た
き香こう の逃げるすきもないほど、深く垂れ込められていた。──
相あい 逢お
うた日から、もう、まる五日である。ふたりは、ここの渡殿わたどの
から表へは、一歩も出ていなかった。 灯皿ひざら
の油は、ふたりの愛の泉に似ていた。注つ
ぎさし注ぎさし、夜も昼も燃えたであろう。しかも、このままな巣籠すごも
りが、いつまで、ゆるされるはずのないことを、静も義経も知っている。 いわば二人は、今を限りな思いであった。そうした切ない抱擁ほうよう
や、愛の焼尽しょうじん を、型どおりな男女の秘戯に当てはめては不当であろう。帳をめぐらした中の二人は、地上を離陸した性の小鳥であった。神秘な官能の森の内に、動物の性そのままに生命をよろこび合い、動物の姿態の中に、なおまた、かぎりなく哀かな
しい人間の性さが も一つに住んでいたのである。 こうして、静が、ここへ来てから、はや五日目の今日も、暮れようとしていたころ、廊のどこかで、 ──
り、り、り、りん と、鈴が鳴っていた。 従者の控えと、そことの間は、用心のため、ひき綱による鈴の知らせになっている。 すぐ、義経の影が、廊の端れに見えた。そして、渡りの橋越しに、 「弁慶か、何事ぞ」 と、こなたにぬかずいている武蔵坊の姿へ言った。 「は」 と、弁慶は、巨眼を上げた。辺りを見ながら、声を低めて、 「・・・・ただ今、正近が戻りまいたが、依然、吉野大衆のうごきは、昨日にも増して、なお険けわ
しげに見ゆる由にございまする」 「当院ここ
の千丈房は、帰ったか」 「いや、実生房じっしょうぼう
ともども、前夜からまだ戻って見えませぬ」 「そうか。・・・・ぜひもない」 語尾を消した。そして、しばらく考えてから、また言った。 「千丈房が帰ったら、もいちど、鈴を鳴らせよ。すぐ参る」 「こなたへ、お渡りなされますか」 「うむ、報しら
せは、表の間ま で聞こう。そのうえ、皆ともひざ組で評議をせねばなるまいし」 義経は、内へかくれた。 その間に、静は、燭しょく
の数かず を、二つ三つ足していた。──
その姿を見つつ、義経は、 「会うは、別れのはじめとか。静とも、もう別れる日は、近づいた」 と、ひそかに思った。 この吉水院に落ち着きを得て、静が来るのを待っていた数日間は、まだ、昨日
今日のような、険しい動きは一山に見えなかった。 子守ノ宮の神職文彦あやひこ
、ここの実生房、千丈房らの提議を容い
れて、蔵王堂ざおうどう での大衆の評議は、すこぶる義経主従に好意的であったのだ。 で、文彦あやひこ
も安心して、彼はここよりはつか奥の峰の、水分みくまり
神社へ帰ってゆき、実生と千丈の二人も、 「まずまず、年を越え給うて、来春の雪解ゆきげ
を待ち、吉野が花の雲となる日まで、ゆるりと、おこにおわしませ」 と、自信をもって、義経主従へ、披露していたほどなのである。 |