家康は、じっと作左衛門を睨みつけたまま口をつぐんだ。 身を乗りだした作左衛門の表情に、言いようもなく哀しいものが動いている。 (こやつ、何もかも心得ていて抗っているのだが・・・・) しかし、何のために、これほど強く、あやしい理窟をこねまわすのか?
それが家康にはうなずけなかった。 「どうじゃ殿、まだ西郷の局が残された、尊い訓えが呑み込めませぬか」 「・・・・・・」 「局は、ついに殿を思いのままには出来なかった。ちょうど殿が、関白を思いのままに出来ぬように・・・・それを考えておあげなされ・・・・思いのままに出来ぬながら、最後まで闘うた。無心と見せたも、むろん闘い、いつも、一言も抗わなかったのも闘い・・・・それをほんとうの無心などと思い違いされては、局の霊は浮かばれますまい」 「・・・・・」 「局のわれらに残された訓えは、死ぬまで少しも心をゆるめず闘い続けたその闘志じゃ!
そう受け取っておやりなされずば、局は地獄をさまよいましょうぞ」 とつぜん家康は、持っていた扇子
をパッと作左衛門に投げつけた。 「黙れッ小賢しい」 「ほう、怒られたな」 「その方たちに、闘志の指図など出過ぎたことじゃ。闘志などあり余っているゆえ堪忍が大切じゃと申したのじゃ」 「フン、臆病者も、すぐ堪忍を口にするものじゃ」 「まだ申すかッ」 叩きつけるように叱咤
しながら、しかし家康はすーつと胸のつかえが降りていった。 作左衛門の目的にハッと気がついたからであった。作左衛門は茶屋を警戒している。 むろん茶屋の心事を疑っているのではなく、彼の交友関係から、もし万一漏れる恐れのある徳川家の士風や性根のあり方・・・・について警戒している。 仮に四郎次郎が、 (──
家康の方針は、もはや秀吉に抗わぬつもり・・・・) などと信じ込んで帰ったら、さおれが何かの折の話の末に、弱気な匂いになって出まいものでもない・・・・と、それを案じているらしい。 (こやつ、茶屋にまで心を許さぬ) 家康は、そこでぐっと四郎次郎に向き直って、 「聞いたか茶屋、この年寄りの頑固さを」 「はッ・・・・」 「呆
れたものじゃ。モノを言い出すと主従の見境もなくなるのじゃ」 「それが、しかし、得難いご家風かと」 「みながそう言うゆえ、作左など、いよいよつけ上がる。作左ッ!」 「なんじゃ殿」 「その方、それだけ予にさからうからには、策があってのことであろう。聞こう。仮に関白が国替えなどの難問を申し出たときには、そちはどう切り抜けてゆく覚悟じゃ。むろん家康にも策はある。あるゆえたずねる。そちから申せ」 と、作左衛門はあざ笑ってひと膝のり出した。 やはり、家康の見たとおり、茶屋に見せようための狂言であったらしい。 |