本多作左衛門は、自分でもふっと涙を誘われそうになりながら、口では逆に舌打ちした。 家康の言葉の意味などわからない作左ではなかった。 家康は西郷の局の、植物の生き方を手本にしたふしぎな人生哲学にことよせて、今度もまた上洛をもんなに承知させようとしているのだ。 作左衛門が感じる不満はそこにあった。 いまの家康の心境は、秀吉に近づいて無心に平和を求めようとするところにある。それはしかし、相手も無心な鏡で照応するか否かによってまことに危ない道に思えた。 こちらに逆意はなくとも、相手に整然とした計算があったら、無心はそのまま油断になる。 それを察して茶屋四郎次郎はわざわざ京から訪ねて来てくれているのだ。 したがって国替えなど言い出されたときには、どう対応するかと言う対策が聞きたかった。 「殿の心境はわかったであろう」 作左はみんながシュンとなると、投げ出すような例の口調で、 「殿はこれから、関白を黙って情でつつまれるお考えらしい。西郷の局が殿に仕えたようにな。そうでござりましょうが」 家康はそれには直接答えなかった。 「正しいことで衝突してよい場合もあれば、譲った方がかえって正しい場合もある。人それぞれの趣意にしても同じことじゃ。策が下策となり、無策が上策に変わる場合もある。要するに、あれこれと心を迷わさずに足るだけの一分さえ堅持してあれば、感化の力は大きなものとお愛がわしに訓えてくらた・・・・」 「ハハ・・・・」 「何がおかしいのじゃ作左。無礼であろう。わしは生きている人間を評しているのではない。浄土へ逝んだお愛の話をしているのだ」 「これはしたり。作左は、殿が余りに大きな嘘をつかれるゆえ、西郷の局の霊に面目のうて笑わずにはおれませなんだ」 「なに、お愛の霊に面目ないと!?」 「はい。そのような嘘は供養
にならぬばかりか、局の黄泉路
のさわりになりましょう。いま黙って殿のお話を聞いていると、殿は、局のような愛情で関白を押しつつみ、局のような一筋さで、関白に仕えていく気・・・・と、いうことになりそうじゃ」 「仕えて行く・・・・」 「ハハハ・・・・わがまま無類な生まれつきの殿がなんで関白に局のような仕え方など出来るものか。それが出来るほどなら、今までのように局を泣かせはせなんだはずじゃ。のう平助」 話しかけられて、大久保彦左衛門はぷいとわきを向いていった。 こんなところで話の尻を持ってこられても合い槌の打ちようはない。 (ずるい年寄りめが・・・・) 彦左衛門が合い槌を打たないので、作左衛門の毒舌は一層つのった。 「殿、そのような講釈は、正信あたりにお聞かせなさるがよい。殿の気性を知りすぎている作左などには、おかしくて聞けぬことじゃ」 「まだ抗
う気か作左は」 「おう抗わいでか。殿は四郷の局の心などまるきりご存じないようじゃ。局は殿に無心になって仕えたなど・・・・バカ気たことじゃ。局はな、全力を出して殿と戦い、戦い疲れて死んだのじゃ。胸いっぱいに怨みを抱いて死んだのじゃ」 |